黒塗りの高級車で学校へ その①
※
「……で、なんで家出したんだ?」
「唐突な質問ね」
黒塗りの高級車で、俺たちは匂宮グループの傘下にあるという高校へ向かっていた。
運転手は麻里さん――年齢は不詳だけど、運転免許は取れる歳ということか。
「いや、言えない事情があるなら無理には訊かないけど……」
匂宮は学校の制服に着替えていた。
胸元に大きなリボンのついた、私立らしい凝ったデザインの制服だ
ちなみに俺は前の学校の制服を着ている。服はこれしか持っていないのだからしょうがない。
「いいえ、教えてあげるわ。秘密にしておくようなことでもないから」
「あ、そうなのか?」
もしこれがラブコメ漫画なら、屋上で遭遇したいちごパンツの主が誰なのかとか、五つ子の中で将来主人公と結ばれるのは誰なのかとか、幼い頃に出会って薔薇の指輪をくれた王子様の正体は誰なのかとか、そういう物語の核心に迫るような謎なのかと思っていたけれど、そこまで壮大な謎ではなかったらしい――というかラブコメについて例を挙げすぎた感がある。自重しよう。
「一度しか言わないからよく聞いておいて」
「あ――ああ」
「実はね――――」
※
「―――――」
「なんだ、言わないのか?」
「いえ、突然場面が変わって読者には謎が明かされないパターンかと思ったのだけれど」
「何言ってるんだ? ちょっと疲れてるんじゃないのか、匂宮」
場面は相変わらず高級車の中である。
「そうかもね。もしかしたら緊張しているのかも。何せ久しぶりの学校だから」
「久しぶり?」
「その辺りの事情も後で話すわ。とにかく、私が家出をした理由だけどね」
「お――おう」
「朝食に毎朝トマトを出されたからよ」
キュキュキュキュッ!
麻里さんが突然ブレーキを踏み、俺たちは前につんのめった。
「お嬢様、冗談はおやめください! それとトマトは栄養価も高く体にとっても良いのですよ!」
「分かっているわ、麻里」
冗談だったのか……。
一瞬本気で信じかけた。
麻里さんがゆっくりアクセルを踏み、車が再び走り出す。
「で、なんで家出したんだよ」
「すべてが無意味に感じたのよ」
「無意味に―――」
世の中にあるすべてのものが、無意味で無価値で虚しく感じる。
自分という存在がとても儚いもののように思える。
それってつまり、中学二年生の時期くらいによくあるアレのことか?
「もしかして中二病とか思ってないかしら」
見ると、匂宮は少しだけ俺を睨むように目を細めていた。
その表情もまたあざと可愛い感じだった。
「い、いやそんなこと思ってないよ。当たり前だろ。匂宮も大変なんだなと思っていただけさ」
俺が言うと、匂宮は、いいけど、と言って言葉を続けた。
「私が匂宮グループのシンボルに過ぎないという話は、さっきしたわね? シンボルがグループの動きに指図をすることはないわ。むしろ、シンボルは存在するということ以上のことをしてはいけないの」