この又野さわるには過去がある その②
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すべて秋川という男の言う通りにことが進んだ。
養護施設に入れられた俺は、中学を卒業すると同時に迎えが来て、そのまま秋川が理事長を務める学園に入学することが決まった。
俺に用意されたのは6畳一間とアパートと家具一式、そして口座に毎月振り込まれる生活費……。
すべてが虚しく感じた。
あの男は本当に俺が死ぬまで金を振り込み続けるだろう。
そして俺はこれから、ただ生きているだけの人生を送るのだろう。
漠然とそう思っていた―――。
「あんたいつまで寝たふりしてんの? もう昼休みよ」
その声に、机に突っ伏していた俺は顔を上げた。
俺を見下ろしていたのは秋川大彌―――母の葬儀に来ていたあの少女だ。秋川の娘であり、同じクラスの同級生でもある。
「お前には関係ないだろ」
「関係ないわけないでしょ。あんたがそういう風に暗い感じだと、クラスの雰囲気が悪くなるって言ってんの」
「そんなの別に……」
俺の言葉を遮るように、大彌は大きなため息をついた。
「あーあ、あんたっていつもそうよね。二言目には、関係ないだろ、とか別にどうでもいいだろ、とかさ。あんたみたいなのを陰キャって呼ぶんでしょうね」
「うるさいな……」
大彌はいつもこうだ。
俺が頼んだわけもないのに、休み時間のたびにこうして話しかけてくる。
初めて会ったときはこんな感じじゃなかったと思うんだけど……とにかく、鬱陶しいことは間違いない。
俺は通学バッグから昼飯の入ったコンビニの袋を引っ張り出し、席を立った。
一人になりたかったからだ。
しかし大彌に腕を掴まれ、立ち止まるしかなかった。
「どこ行くのよ」
「どこでもいいだろ」
「お昼食べに行くんでしょ。待ちなさいよ。一人はかわいそうだから、あたしが一緒について行ってあげる。感謝しなさいよね」
「余計なお世話だよ」
俺が言うと、大彌はあからさまに嫌な顔をした。
「はあー? 人が優しくしてあげてるのに、何よその態度。少しは直さないと友達出来ないわよ」
「それこそ余計なお世話だよ。大体お前、あの理事長の娘だろ。なんで俺に構うんだよ」
「……別に良いでしょ。なんで教えなきゃいけないのよ」
ダメだ、話が通じない。
俺は大彌に構わず、その場から立ち去ろうとした。
しかし大彌は俺の手を握ったまま放そうとしない。
「おい、放せよ」
手を解こうとすると、大彌は俺を睨みつけた。
「どうしてもあたしの言うことが聞けないのね」
「なんで俺がお前の言うことを聞かなきゃいけないんだよ」
「あ、そう。あんたあたしにそんな態度取るんだ」
「は?」
「分かったわよ。どうしてもいうこと聞けないなら、無理やりにでも聞かせてあげる」
嫌な予感がした。
が、その直後にはもう、大彌は掴んだ俺の手を掲げ、声を上げていた。
「又野くんが私に痴漢しましたー!」
……は?
教室にいた生徒たちの視線が一斉にこちらを向く。
「い――いやちょっと待てよ。俺がそんなこと」
するわけない。
するわけないんだ。
だけど、それを言ったところでこいつらは、俺の言うことなんて信用しない。
大彌は理事長の娘でありクラスのリーダー的な存在。対する俺はいつも教室の隅で黙っているだけの人間。
どちらの言っていることが受け入れられるかなんて、比べるまでもないことだった。
ああ、はいはい。分かってたよ。
このクラスにとって俺は邪魔な存在。
いや、クラスにとってというだけじゃない。この学校にとって――ひょっとすると世界そのものにとって。
今すぐ世界滅びねえかなあ、なんて思っていると、教室に駆け込んできた教員たちに無理やり立ち上がらせられ、俺は理事長室へ連れていかれた。
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