置いて行かれた少女の末路《秋川大彌SIDE》③
あたしは彼に思いやって欲しくて、気にかけて欲しくて、優しい言葉をかけて欲しかったのだ。
あたしは彼のために毎朝起こしに行ってあげたし、一度も渡せなかったお弁当も作ってあげたし、彼のことを悪く言うクラスの子を窘めてあげたし、彼が一人にならないようずっと声を掛けてあげたし、放課後の教室に誰もいないときを見計らって彼の机の角で自慰行為もした。
結局のところ、あたしは失敗した―――。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したあたしは失敗した。
父親でさえひと時は望みを叶えたというのに、あたしは一人の男の興味さえも惹くことができなかった。
下腹部の痛みはまだ続いている。
あたしは額に浮かぶ脂汗を拭った。
―――さて。
モノローグはこのくらいにしておこう。
秋川大彌は『透明な存在』。
成績優秀でクラスのみんなから愛されている、学園理事長の娘―――という仮面をかぶった仮初の存在。
あたしが実存する人物になるためには、『秋川大彌』であってはならない。
『秋川大彌』を殺さなければならない。
ソファから立ち上がり、絨毯を捲った。
フローリングの少しだけ色の違う箇所が取り外せるようになっていて、それを開けるとクッキーの缶が現れた。
床下にあったそれを、引っ張り出し蓋を外す。
その中には札束が詰め込まれていた。
次にクローゼットへ向かった。
雑然と衣類が押し込められたその空間で、あたしは小さな椅子を踏み台に天井へ手を伸ばした。
天板を外し、さらにその向こうへ手を突っ込む。
指先に触れたものを手繰り寄せ、引っ張り出す。
どさどさっ、と音を立てながら札束が転がり落ちて来た。
最後にトイレへ向かった。
背部のタンクを外すと、その蓋の裏には宝石をちりばめた指輪が数個、ガムテープで雑に貼り付けられていた。それらもすべて引き剝がし、ポケットに突っ込んだ。
札束は全部リビングに集め、旅行用のバッグに詰め込んだ。
「……さようなら、『秋川大彌』」
最後に瓶の中から劇薬を一粒摘まんで、あたしは我が家を後にした。
※
数日後、河川敷で16歳程度と推定される少女の遺体が見つかった。
既に腐敗が進んでいたその遺体は近隣の学園の制服を着ていて、名札には『秋川』と記されていた。
死因は神経の麻痺による呼吸困難。
そしてその顔面には鈍器のようなもので何度も殴打された跡があり、そこにあったはずの目鼻は陥没し、原型を留めていなかったという。