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知らない、天井 その⑤



「はい又野くん、口を開けて」

「く、口を?」

「そうよ。はい、あーん」

「あ、あーん」


 朝日が差し込むダイニングルーム。

 朝食に用意してもらった付け合わせのサラダを、匂宮がフォークで俺の口に運ぶ。


「どう、おいしい?」


 匂宮は穏やかな笑みを浮かべながら俺に尋ねた。


「ああ、おいしいよ」


 新鮮な野菜の風味がして、それは確かに美味しかった。


「はいじゃあ交代ね」

「交代?」

「次は又野くんが私に食べさせて」

「あ――ああ、よし。任せろ」


 俺は皿の上のトマトをフォークで刺し、匂宮へ向けた。


 不意に彼女の表情が曇る。


「と……トマトなのね」

「どうした?」

「い、いえ、なんでもないわ。食べさせて」

「?」


 違和感を覚えつつも、俺は匂宮の口の中へトマトを一切れ押し込んだ。


 最初は苦しそうな顔をしていた匂宮だが、徐々にいつも通りの冷静な表情に戻っていった。


「……なるほど。食事というのは何を食べるかではなく誰と食べるかが重要だということがよく分かったわ」

「え、どういうことなんだ?」


 そのとき、台所の方で皿が割れる音がした。


 驚いてそちらを振り向くと、粉々になった皿の破片と、その傍で茫然と立ち尽くす麻里さんの姿があった。


「お――お嬢様が、トマトをお召し上がりになった……っ!?」

「それがどうかしたんですか?」

「これまでお嬢様は、毎朝トマトをお残しになっていたんです。たとえどんなに細かくしてお出ししても、少しでもトマトの風味がすれば絶対お食べにならなかったんです。それなのに……!」


 ああ、なるほど。


 つまり匂宮はトマトが苦手だったってことか。


 さっきの反応はそういうことだったんだな。


「大げさよ、麻里」


 照れ隠しなのか、匂宮はわざとらしいしかめ面をしながらコーヒーを啜りながら、


「そのお皿を片付けたら、あなたも一緒に食事をしましょう」

「は、はい、お嬢様」

「皿の片付け、俺も手伝いましょうか?」

「いえ、私の後始末を又野さんにしていただくわけにはまいりませんから」


 そう言いながら麻里さんは、手早く箒を準備し割れた皿を片付け始めた。


「ところで又野くん、今日はあなたの転校先へ挨拶にいくわよ」

「俺の転校先?」


 秋川の件で忘れかけていたけれど、そう言えばそんな話もあった。


 確か、匂宮家の傘下にある学校とか……だったっけ?


「済ませておかないといけない手続きもいくつかあるし、食事が終わって一息ついたら支度をしましょう」

「ああ、分かった。何から何までありがとうな、匂宮」

「気にする必要はないのよ、又野くん。お礼の言葉だけ受け取っておくわ」


 匂宮はコーヒーカップをテーブルに置きながら答えた。


「そういえば、匂宮って財閥の代表なんだよな? 仕事とかは行かなくていいのか?」

「代表と言っても名前ばかりよ。シンボルのようなものね。何かをすることが仕事ではなくて、第18代当主というものが存在することに意味があるの」

「へえ……」


 分かったような分からないような。


「例えるなら、ドーナツの穴みたいなものだわ」

「ドーナツの穴?」

「穴が無ければドーナツではなく、ただ小麦粉や卵を混ぜて揚げただけのお菓子になってしまうでしょう? 同じように、私というシンボルがいることで匂宮家は匂宮家として成り立つというわけ」

「……………なるほど」

「ずいぶん沈黙が長かったわね。本当に理解してくれたの?」

「いや、味わい深い解説だなと思って。ドーナツだけに」

「それ、うまいようでうまくない返しだわ」

「不味いってことか?」


 俺が言うと、匂宮は蠱惑的に微笑んだ。


「この話、オチがなさそうだからやめておきましょう」





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『お前のように怠け者で醜い女は必要ない』と婚約破棄されたので、これからは辺境の王子様をお支えすることにいたします。
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