知らない、天井 その④
「あの、匂宮はなんで家出をしてたんですか?」
「あー……気になりますよね。ですが、それはお嬢様から直接お聞きになった方がいいと思います。その……私、結構長く入っていたので、そろそろのぼせちゃいそうなんです……」
と、麻里さんはほんのりと紅潮している顔をパタパタと手で扇ぐ。
「あ、ごめんなさい。おとなしく目閉じてます」
と、俺が眼球への光をすべてシャットアウトしようとした瞬間――
ガララッ、と。
大浴場の扉が引かれる音がした。
阿さんがまだ上がっていないのに一体誰が?
なんて考える余地はなかった。選択肢はもう一つに絞られているのだから。
「又野くん、湯加減はどうかしら? 背中を流してあげる。パートナーだもの、当然よね? ……あら?」
裸にタオルを軽く巻いているだけのあられもない姿の匂宮は、大浴場の中をヒタヒタと俺の方へ向かって歩いていたが、ある程度近づいたところで人影が一つ多いことに気が付いた。
「麻里、こんなところにいたの?」
「申し訳ありませんお嬢様。これには深い事情が……」
「まったく、どれだけ探しても麻里がいないから、仕方なく私が又野くんの着替えを持ってきたというのに……ふふ、大胆ねぇ?」
「誤解ですお嬢様。私は決してそんなこと……!」
「まあいいわ。せっかくだし、3人で仲良く入りましょう?」
「そ、それはいけません。年頃の男女が一緒にお風呂に入るなんて!」
「貴方だって年頃の女の子じゃない、麻里」
「そ、それはその! 私は偶然こうなってしまっただけであって……!」
「じゃあなあに? 私はこのまま汗も流さずに学校へ行けと?」
「そ、そういうわけでは……!」
「…………」
目の前で裸の女の子二人が言い争っている。
片方は金髪のお嬢様。もう片方は大人っぽいメイドさん。
これは夢だろうか。
なんだかものすごく肩身が狭いので、いっそ夢であってほしい。
しかし、まあ。
ついさっき普通に起きちゃってるから夢オチは期待できないか。
ならばせめて―――夢のような出来事として、この光景を心に刻んでおくことにしよう。
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