知らない、天井 その③
「あの、ごめんなさい! 匂宮に風呂を勧められて、言われた通りの場所に来たつもりだったんですけど間違ったみたいです! ここ、女湯ですよね……!」
「……あの」
「本当にごめんなさい! でもその、故意じゃないのでどうか許してほしいていうか!」
「落ち着いてください又野さん。合ってます」
「……合ってる?」
「はい。このお屋敷のお風呂はここだけです。入るのは私とお嬢様だけですので」
「あー……なるほど」
そうか、場所を間違えたわけではなかったのか。
ならよかった。
……いや、よくないって。
依然として状況は危険なままじゃん。
「あの、本当にすみません。俺、他の人が入ってるって知らなくて……」
「謝るのは私の方です。お客様にお見苦しいものを見せてしまい申し訳ありません。すぐに出ていきますのであとはごゆっくり――」
そう言って、麻里さんは湯舟から立ち上がろうとした。
大事なことなので二回言うが、入浴中の状態で立ち上がろうとしたのだ。
俺は咄嗟に制止する。
「ちょっと待ってください麻里さん! 今上がられると色々マズいです……! タオルも何も持ってないのに!」
「あっ! た、たたた確かにそうですよね!」
ザブン! と麻里さんは再び湯舟に腰を下ろした。
危ねぇ……!
胸元は腕で隠されていたからまだいいけど、下はマジでギリギリだった……!
ありがとう濁り湯。
俺は感謝の気持ちとともに濁り湯を見つめた。
ところで、阿さんの胸元に浮いている二つの白い球は――――あ、やめよう。これ以上よくない。
ただ、良い子のみんなには覚えておいて欲しい。
巨乳は―――水に浮く。
「申し訳ありません。私も少々気が動転しているみたいです……その、男の人に見られるの、初めてなので……」
麻里さんは恥ずかしそうに俯き、視線を水面に固定する。
「なんか色々と本当にマジですみません。あとで土下座させてください」
「いえ、そんなに謝らないでください。又野さんは何も悪くありませんから。……あ、ちなみに温泉で間違いないです。ここ」
「ああ……そうなんですか」
最初の独り言も聞かれてたか。
世界一どうでもいい疑問が解決したな。
「と、とにかく又野さん。この状況をどうにかしましょう。多分、着替え持ってきてないですよね? 私が先に上がってその辺の用意をしてきます」
「いや、でも……」
「私なら平気です。しばらく目を瞑っておいていただければ、その間に上がりますから」
「ほ、本当にいいんですか? 俺なんかのためにそこまでしてもらって……」
「なんか、じゃありません。……こんなときにお伝えするのもどうかと思うんですけど、私、又野さんにはすごく感謝してるんですよ?」
「俺に?」
「はい。お嬢様があんなに楽しそうにされているのは久しぶりなんです。本当に、いつ以来でしょうか」
それを聞いて、俺の脳裏には雨の中で寂しげな表情を浮かべている匂宮の姿がよぎった。
こんな大豪邸を持ちながら――ここにいたくない理由。