この世のあらゆる残酷さから、あなたを守ってあげたい その③
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「これはこれは匂宮当主様。お目にかかれて光栄でございます」
理事長室のドアが開いた瞬間、秋川は立ち上がり鷹揚な調子でそう言った。
「こちらこそ光栄です、秋川代表補佐。あなたが秋川家を継がれる日も近いと聞いています」
「すべては匂宮家による秋川家へのご支援のお陰でございます。しかし私は所詮婿養子にすぎません。秋川家の家督相続など、身に余りますよ」
秋川は一瞬だけ俺の方を見た。が、顔に張り付いたような笑みを浮かべたままで、特に反応は見せなかった。
「ご謙遜をなさるのですね、秋川代表補佐」
「謙遜だなんて。本心ですよ。……しかしご当主がこんなところに何の御用でしょうか? 失礼ながら、お聞かせ願えませんか」
「代表補佐もお忙しいでしょうから、早速本題に入らせていただきましょう。麻里、約束手形を」
「はい、お嬢様」
匂宮の背後に控えていたメイドの麻里さんが、何か書類の挟まったバインダーを彼女に手渡す。
それを受け取った匂宮は迷いのない足取りで秋川に詰め寄ると、その机上にバインダーを叩きつけた。
匂宮の金髪がふわりと揺れる。
「又野くんがあなたに借用したとされる1000万円、私がお返しします」
「……どういうおつもりですか、ご当主」
秋川は笑顔のまま匂宮に尋ねる。しかしその瞳は全く笑っていなかった。
「あなたが貸したというものを私が代わりに返すだけです。それから、先ほどの秋川家への支援の件ですが、今後は打ち切りとさせていただきます」
「な―――何を」
初めて秋川の表情に焦りが見えた。
匂宮は淡々と言葉を続ける。
「男子生徒が女子生徒にわいせつな行為を行ったという事件について、この学園の支援者である匂宮家にも情報が伝わっています」
「え……ええ。誠に許されない事件です。ですから私は然るべき処置を下しましたよ。そこに立っている又野さわる君にね」
「事件について精査することなく、あなたの独断と偏見に基づいた拙速な処置を――でしょう、代表補佐」
「……!?」
「あなたについては以前から調査を進めていました。優秀で人望も厚い、秋川家の次期代表に最もふさわしい人物―――表向きはね」
「表向きは? ご当主、冗談はおやめください。私が理事長を務めてからこの学園の入学希望者数は年々増えているのですよ。進学実績も向上しているのです」
「その点は疑っていませんよ。あなたは優秀です。しかし一方で、あなたが理事長に就任して以降、学園の支出に用途不明な金額が計上されていますね?」
「っ―――」
秋川が息を呑む声が聞こえた。
畳みかけるように匂宮が言う。
「秋川家を監督する匂宮家の当主として、秋川家本家に理事長の交代を進言しておきます。荷物を整理しておくことをお勧めしますよ、秋川代表補佐。……さあ行きましょう、又野くん」