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狩人が勇者になってしまった話

作者: 市村まとい
掲載日:2021/10/23

 だだっ広い海にぽっかり浮かぶ1つの大陸。この大陸には1つの王国があった。北を海、東西を険しい山、南を森に囲まれており、豊かな自然に恵まれている。賢王と名高い王様のもと、国民の暮らしも安定しており、敵対国もない。

 しかしただ1つ、国民の暮らしを脅かすものがあった。それは南に広がる魔の森から現れる魔獣。無差別に村や街を襲い、時に多くの犠牲者を出した。

 この魔獣は魔の森の最深部にある「大魔核」から生まれ、大なり小なり魔核を持っている。聖なる力を持つものしか魔獣に止めをさすことができず、聖なる力を持つ者を聖職者、もしくは浄化者と呼ぶ。

 大魔核は数百年に1度現れ、次々に魔獣を産み出していく。大魔核が現れる度に人間は魔の森最深部に聖なる力を持つ浄化者を送り込み、破壊してきた。大魔核が現れる原因は未だ分かっていない。とある研究者は「神の人間に対する試練」といい、別の研究者は「ただの自然現象」という。どちらにせよ、人間にとって有害であることには違いない。

 この大魔核の破壊の任に就くものを特別に勇者と呼び、人々は勇者に希望を託した。


「勇者様、本当にありがとうございました。たまたまこの村を通られなければ、魔獣に滅ぼされているところでした」


 ここは魔の森から北東にある、山麓の村。魔の森から山を伝って移動してきた魔獣の群れが降りてきたところを、たまたま当代の勇者一行が通りかかり、助けたのだった。


「いえいえ、間に合って良かったです」


 勇者が爽やかに笑うと、村長が布袋を渡す。


「旅は何かと物入りでしょう。少ないですがお礼です。お役立てください」

「そんな…お気遣いありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 勇者は丁寧にお金が入った布袋をしまうと、ニコッと笑った。特別優れた容姿ではないが、愛嬌のある笑顔は人々に好印象を与えた。

 勇者は仲間達の元に戻ると、大魔核破壊の旅を再開した。勇者達は国の北寄りにある王都から真っ直ぐ南下して魔の森を目指すのではなく、東に迂回して旅していた。今のように魔獣の被害にあっている村や街を救うのと、レベル上げのためである。

 国の中心部は魔獣がほとんど出ず、出るのは野盗の類いばかり。魔の森に着くまでにレベル上げが出来ないのである。


「勇者ー、いくら入ってた?」


 弓使いが尋ねる。


「あのな…お金儲けのためにやってる訳じゃないんだぞ?」

「そんなこと分かってるよ!そうじゃなくて、勇者にお金持たせとくと、勝手に使うでしょ?」

「使…わないとは言わないが、少しくらい良いじゃないか」

「そう言ってこの前高い防具買ってたよな?」


 戦士が弓使いを援護する。


「その前は宿屋をこっそり抜け出して、1人で高級レストランに行きましたね」


 紅一点のヒーラーからも容赦ないダメージ。


「うぅ…すみません…」

「分かればよろしい。お金は僕が責任を持って管理します」


 勇者は大人しく弓使いにお金を渡した。

 この勇者一行は、勇者、弓使い、戦士、ヒーラーの4人パーティーである。全員浄化者だが、勇者は特に聖なる力が強く、元々剣士だったところを国から勇者として任命されたのだ。


「次の村は…いよいよ最果ての村ですね」


 ヒーラーが地図を見ながら言う。最果ての村とは、魔の森に最も近い村の事である。話によれば、ここの村には屈強な戦士達がいて、日夜魔の森から溢れる魔獣を狩っているらしい。そのおかげで、国は大きな被害を抑えられているのだとか。


「強い戦士がいっぱいいるんだろ?不謹慎かもしれねぇが、ちょっと楽しみだな」


 戦士がワクワクしながら言った。ごつい身体にごつい顔で子供っぽくワクワクする様子は、ちょっと似合わないな、と勇者は思ったが、何も言わなかった。

 3日後、最果ての村に到着した。ちなみに徒歩である。王様は馬車を用意すると言ってくれたが、急に襲われたときに対処が難しくなるし、御者を守らなくてはならないので、全員一致で遠慮したのだ。4人ともこの旅に出る前はギルドで魔獣狩りを生業としており、パーティーこそ違ったが顔見知りだった。合同クエストに参加したこともあり、連携はすぐに取れるようになった。


「うーん、やっと着いた!まずは宿屋で休みたい!」

「勇者に賛成」


 ヒーラーが賛成する。旅に慣れているとはいえ、やはり野宿は身体に負担がかかる。特にヒーラーは唯一の女性のため、他の3人よりどうしても体力面で劣ってしまう。


「じゃあ村長に挨拶して、宿屋を紹介してもらおう」


 財布係の弓使いが提案し、すぐに村長に会いに行くことになった。

 村の中央からやや外れたところに村長の家はあった。ここまで案内してくれた若者がノックする。


「村長、勇者様ご一行が到着されましたよ。ご案内してきました」

「おお、お待ちしておりましたぞ、勇者殿」


 家の中に通され、4人は歓待を受けた。


「大魔核が現れてから約30年、年々魔獣は増える上に強くなっております。我々もそろそろ限界が近かったのです」


 約30年というのは、正確な年数が分からないのである。最深部に近いほど強い魔獣が大魔核を守っているので、誰も大魔核が発生した瞬間を視認していないのだ。だから、魔獣が活発化し始めた頃から数えて約30年が経っているということである。


「噂で聞いたのですが、この村には屈強な戦士が大勢いて、魔獣を狩っているとか。私達もここに来るまで魔獣を狩って来ましたが、是非村の皆さんの技術を見学させていただきたい」

「ええ、ええ、勿論ですとも。魔の森攻略の際には村の中で最も強いものをお供にお連れください。毎日魔の森に潜っておりますので、道案内にも最適ですぞ」

「それはありがたい。では今後の予定ですが…」


 その後は、宿の手配(1つしか宿屋はなかったが)や村での魔獣の狩り方の見学、魔の森の浅域への同行など、今後の予定を話し合い、4人は宿屋へと向かった。

 宿屋にも最初に案内してくれた若者が話を通してくれた。どうやら村ではそこそこの有名人らしい。本人は普通の狩人と言っていたが、身のこなしに隙がなく、おそらく勇者に匹敵するレベルであることがうかがえた。


「この村、凄いねぇ。高レベル者ばっかりだ」


 弓使いが言うと、狩人が答えた。


「レベルが分かるんですか?」

「うーん、何となくだけどね。それに誰かと比較して高いか低いか、くらいしか分からないし」

「それでも凄いです!普通見た目じゃレベルなんて全く分からないですよ」

「そういう君こそ凄いんじゃない?見たところ、僕ら4人の誰よりもレベルが高いよ…」

「え…皆さん俺よりレベル低いんですか…?」

「うん…みなまで言わないで。今ものすごい危機感に襲われてるから」

「…」

「…」


 弓使いと狩人の間に沈黙が落ちる。会話を聞いていた他の3人も押し黙る。その辺の若い村人より勇者一行が弱いのである。由々しき問題だった。これでは大魔核破壊どころか、魔の森攻略すら怪しい。


「分かりました。村長に相談して、皆さんのレベル上げに協力させていただきます」

「お願いします…」


 大魔核を破壊できるのは、勇者が持つ聖剣だけである。そして聖剣を持てるのは、聖なる力が特別に強い人間、つまり勇者だけである。少なくともこの村の誰よりも高いレベルにならなければ、大魔核の破壊など夢のまた夢だった。

 早速翌日から勇者達のレベル上げが始まった。


「他人のレベルを聞くのは基本的には失礼に当たると承知しておりますが…皆さんのレベルを教えてください」


 レベル上げにあたり、なんと担当してくれるのは昨日の狩人だった。村長曰く、森の最も奥まで行けるのが彼だそうだ。


「ちなみに俺のレベルは91です」

「「「「は?」」」」


 勇者達は聞き間違いかと思った。何故なら、


 勇者「72です…」

 戦士「70…」

 弓使い「69です…」

 ヒーラー「66です…」


 というレベルなのだ。このレベル差だと、4人で襲いかかっても、狩人に勝てない可能性が高いという、もはや一刻も時間を無駄に出来ない状況だった。


「えーと…まぁ、この村は少々特殊な環境でして、皆さんくらいのレベルなら、一般的には非常に強いのでは?」


 狩人がフォローを入れてくれるが、4人は絶望的な気分だった。これから30近くレベルを上げなければならないのである。普通にレベル上げをしていたら、何年かかることやら…実際、王都を出てから最果ての村に着くまでの数ヶ月で、魔獣を倒しながらレベル上げをしてきたのだが、上がったのは平均して5である。


「だ、大丈夫ですよ!この村には特別なレベル上げ方法がありますから!」

「特別なレベル上げ…?そうか、確かに君の若さで91レベルは普通ではあり得ない。君は俺達より少し若い…20歳くらいか?」


 勇者が尋ねる。


「はい、今年21になりました。だから皆さんでもすぐにレベルが上がりますよ!もともと才能があるんですし、すぐです、すぐ!」

「よし、光明が見えてきた!国の平和のため、頑張るぞー!」


 勇者達は狩人の案内で、まずは魔の森の浅域に来ていた。狩人によると、村の近くから浅域、中域、深部、最深部の4つに分けられていて、浅域では70レベル台、中域では80レベル台、深部では90レベル台の魔獣が出るそうだ。そして最深部に大魔核がある。


「高レベルの魔獣ほど大魔核の近くにいて、大魔核を守っています。低レベルの魔獣は大魔核を守るという意識は低くなり、人里に降りてきます。魔の森の浅域にも生息しないような低レベルの魔獣は、この村にやってくるか、東西の山を伝って北上し、人里を襲うんです」


 道すがら、狩人が魔獣についてさまざまな知識を教えてくれる。どの知識も王都には伝わっていないものばかりだった。


「あ、皆さん、前方に一角獣がいます。あれなら角を使った突進にさえ注意すれば、余裕で倒せるでしょう」

「よし、いつも通りヒーラーは身体強化魔法、戦士と俺は左右から、弓使いは後方から支援してくれ」


 勇者が指示を出す。


「ちょっと待ってください」


 しかし狩人から待ったがかかった。


「あいつは勇者様1人で倒してください」

「は?」

「危なくなったらフォローはします」

「いや、魔獣は普通パーティーで連携して倒すだろ?」

「この村では通常狩りをする際に、パーティーを組むことはありません。聖なる力を持つ者も多くありませんので、パーティーを組んで狩るより、ばらけて狩った方が効率が良いんです」


 ちなみに、村に降りてきた比較的弱い(といっても60レベル台)魔獣は、聖なる力を持たない者が瀕死に追い込み、まだ低レベルの浄化者が止めを差しますが、そのような連携は皆さんには不要ですよね?皆さん浄化者ですし。勇者様達には深部の魔獣を1人で倒せるレベルになっていただきます。

 そう言って狩人はニッコリと笑顔を見せた。笑顔だけれども、その顔には「なにがなんでも鍛えてやる」という強い意志が宿っていた。


「え…この村の特別なレベル上げ方法ってこれ?」

「いえ、違いますよ」


 そうこうしているうちに、一角獣がこちらに気付いた。早くも突進の準備をしている。


「ほら、勇者様。あいつはレベル70あれば余裕ですから、倒してください」

「わ、分かった」


 勇者は剣を構え、突進してくる前に倒そうと、走り出す。


「ぅおりゃあ!」


 一角獣から少し離れたところから剣を一振りすると、聖剣から光が放たれた。浄化の光が当たり、一角獣が怯んでいる隙に更に近づき、横から首もとに剣をふるう。


「よし!」


 首を落とすと、一角獣は黒い霧となって消えていく。後に残るのは、1つの拳サイズの魔核のみだった。


「ね、勇者様のレベルなら余裕でしたでしょう?魔核は…やっぱり小さいですね」

「このサイズで小さい!?」


 弓使いが驚いた声をあげる。魔獣の生命の源である魔核は、強い魔獣ほど大きくなる。今まで勇者達が相手してきた魔獣は強くてもレベル60台。つまり、一角獣の魔核は今までで一番大きいサイズだったのだ。


「まぁ小遣い稼ぎにはちょうど良いサイズですけど、レベル90台だと顔くらいのサイズですよ」


 魔核は魔道具の燃料になるので、売れば儲かるのだ。実際勇者達も、ギルドで冒険者をしていた頃は、もっぱら魔核を売って生計を立てていた。


「これで小遣い稼ぎとか…王都じゃこれ1つで2~3年は遊んで暮らせるぞ…」


 戦士は呆然としている。狩人の小遣い稼ぎ発言に対してである。

 最初に我に帰ったのはヒーラーである。


「ところで、レベル上げ方法とはどんなものなのですか?」

「簡単に言うと、自分よりレベルが10以上高い魔獣を1人で倒すことです。それだけと言えばそれだけなんですが」


 狩人は簡単そうに言うが、勇者達は「絶対死ぬ」と思った。常識では、倒せるのは自分より2~3レベル上の魔獣がせいぜいで、それも弱点を熟知している場合のみである。10もレベルが上の魔獣に1人で挑めば、なぶり殺し待ったなしである。


「今日は村の皆の都合がつかなかったので、とりあえず俺が森の案内がてらやりますけど、明日からは皆さんそれぞれに村の狩人がつきます。魔獣ごとに倒し方をお教えしますので、身体強化魔法を限界まで使って倒すのを繰り返してもらいます」


 身体強化魔法は、その名の通り、体力や筋力、魔法力などを強化する魔法である。適度に使えば、普段以上の力を出せる非常に便利な魔法であるが、限界までかけるとなると、話は違ってくる。限界までかけるとどうなるかというと、10レベルくらい上がったのと同じ状態になるのである。これだけ聞くと、すごく強力になれると思えるが、実際に突然10レベルも上がると、頭と感覚が付いていかないのだ。いきなりレベルが10上がると、どのくらい力を込めれば普段と同じくらいの威力が出るのか分からないのである。

 よくある話では、強敵に出会って一か八かで身体強化を限界までかけて挑んだものの、身体の感覚が分からずうっかり突っ込みすぎて自滅するというのがある。


「身体強化魔法を限界まで使った状態は、10レベル上がった状態です。俺も初めてやったときは、力加減が分からなくて魔獣を飛び越えてしまったり、弓を破壊してしまったり、魔法の威力が上がりすぎて魔獣を魔核ごと消滅させたりしました。でも慣れればどんどんレベルが上がりますから!」


 そう力説?する狩人の顔には、何故か自信が満ち溢れていた。勇者達は無茶苦茶なレベル上げ方法に、もはや言葉もない。


「では早速中域に行って実践しましょう!」


 勇者達はこれも国のため、と狩人に付いていった。

 途中何度か魔獣に遭遇し、順番に1人ずつ(身体強化なしで)倒していったが、狩人の助言が的確で、皆なんとか1人で倒すことが出来た。

 ちなみにヒーラーは、回復魔法や補助魔法を得意としているが、攻撃魔法や物理攻撃が苦手というわけではない。前衛も後衛もこなす、オールラウンダーなのだが、パーティー内で一番回復魔法が得意だからヒーラーと呼ばれているだけである。なお、武器はレイピアだ。


「皆さん、中域につきました。ここではレベル80台の魔獣が出ます。時間もあまりありませんし、早速勇者様からやっていきましょう」


 そう言うと、狩人はいきなり勇者に身体強化魔法を限界までかけた。


「俺、身体強化魔法を限界までかけたの初めて…」


 勇者は手を握ったりジャンプしたり、剣を振ったりして感覚を確かめている。


「あ、レッドハウンドがやってきました!あいつら匂いに敏感なんですよね。放っておくと遠吠えで仲間を呼ばれますから、さくっとやっちゃってください。すばしこいのと、噛みつき攻撃に気を付けて。毒を持ってますから噛まれると厄介ですが、噛みつこうと向かってきたところか、遠吠えしようとしたところを一刀両断するのが楽です」


 言うは易し行うは難し。勇者は緊張の面持ちで剣を構える。じりじりと距離を詰めていく。いつもの感覚で走り出せば、うっかり通り越してしまうかもしれない。そう思うと迂闊に動けなかった。

 レッドハウンドが上を向く。遠吠えの前触れだ。今だ!と勇者は走り出す。そして真上から剣を振り下ろして、レッドハウンドを一刀両断した。しかし、振り下ろした勢いは止まらず、剣が地面に突き刺さり、そのまま勇者は宙を一回転するようにして、レッドハウンドの向こう側に背中から着地した。


「うぐっ…いっ…てぇ!」

「勇者様、流石です!あと何体か倒せば慣れますよ」


 狩人が誉めてくれるが、そもそも狩人なら身体強化もなしで余裕で倒せる相手である。なんだかなぁと思いながら勇者は立ち上がった。


「じゃあ、次は弓使いさん、やってみましょう」

「えっ僕?」


 弓使いは及び腰である。


「大丈夫ですよ、うっかり弓を壊しても、俺のを貸しますから。結構頑丈なんですよ、これ」


 そういう問題ではない。そう言いたかったが、言っても仕方ないし、やるしかないのだ。弓使いは1つ深呼吸をすると、お願いします、と言った。

 弓使いの次は戦士、最後にヒーラーと全員が一通り体験すると、そろそろ日暮れも近い時間になった。


「日が暮れると寒くなりますから、そろそろ帰ります。身体強化魔法に慣れるために、魔法をかけたまま全力疾走で帰りましょう」

「…」


 既に4人とも疲労困憊である。肉体疲労というより、緊張による精神疲労だが。しかし、狩人の邪気のない顔に、誰も反対することが出来なかった。


「疲れた…」


 宿屋の食堂で、誰ともなくこぼれた一言。そして全員のため息。


「私達、明日から生きていられるかな…」


 これまでの旅で最も全員の心が1つになっている気がする。狩人はすぐ慣れると言っていたが、すぐ慣れるなら、とっくに王都でこの特訓方法が流行っているだろう。

 疲れのため無言で夕食を食べると、明日に備えて全員がすぐにベッドに入った。


 翌日からの特訓は、地獄の一言に尽きた。それぞれに村人(全員レベル80以上)が付き、別々に魔の森の中域以上で魔獣を倒しまくった。勇者一行の間に、「もうここの村人がもっとレベルを上げて、大魔核を破壊しに行けば良いのでは?」という空気感すら漂った。ぶっちゃけ唯一聖剣を使える勇者さえいれば、他のメンバーは別の人間でも良いのである。

 そのことを弓使いが村人にぽろっとこぼすと、村人は「大魔核のある最深部には、レベル100以上の魔獣がいる。そいつを倒すには連携が必要だから、連携の訓練をしていないこの村の人間よりも、今まで連携を高めてきた勇者一行で倒す必要がある」ともっともらしい回答が帰ってきた。弓使いは家に帰りたくなった。

 ところで、勇者の特訓担当は狩人である。特訓を始めて1ヶ月も経つ頃には敬語もなくなり、2人は友人となっていた。


「勇者!今の良かったじゃん!何レベルになった?」

「85!この特訓、ホントにすごいな。1ヶ月で13レベルも上がるなんて信じられない」

「勇者のポテンシャルが高かったからだよ。他の3人も順調らしいし、あと1ヶ月くらいで最深部に挑戦出来るんじゃないか?」


 会話の最中にも勇者が魔獣を1匹屠る。2人は深部で特訓しており、レベル90台の魔獣がごろごろ出てくるが、今ではほとんど苦労なく倒せるようになっていた。


「そういえば弓使いから聞いたけど、最深部の魔獣はすごく強くて連携しなきゃ倒せないとか?」

「ああ、あいつなー」

「もしかして挑んだのか?」

「うん、85レベルくらいの時に。でも1人じゃ全然歯が立たなかった。身体強化を限界までかけて行ったんだけど、物理攻撃も魔法攻撃もほとんど効かないし、隙も弱点らしいものもない。あれはパーティーで連携して、正攻法で倒すしかないな。でも大魔核を守ってるのは1匹だけだから、あいつさえ倒せば大魔核は破壊できる」


 狩人が勇者の死角にいる魔獣を弓で倒しながら説明した。最深部に挑戦する際には、狩人もパーティーに参加する予定である。勇者のレベル上げと一緒に、狩人もレベル上げをしていた。現在95レベル。


「そういや狩人って、魔獣に合わせていろんな武器を使ってるよな。使えない武器とかないの?」

「そうだなー、小さい頃からありとあらゆる武器の訓練と魔法の訓練してきたから、使えないものってほとんどないんだよな。強いて言えば聖剣くらい?」

「お前…間違いなく人類最強だと思う。この国くらい滅ぼせそうだな」


 冗談混じりに勇者が言いながら、また1匹魔獣を倒す。その時だった。勇者の右から何かが高速で飛んできた。


「勇者!!!」


 狩人が咄嗟に短剣を投げて軌道を逸らすが、少しずれただけで飛んできた何かは聖剣に当たった。


「うわっ!」


 勢いを殺しきれず、勇者は聖剣を手放してしまう。弾き飛ばされた聖剣は、狩人の近くに飛んでいき、地面に突き刺さった。

 狩人は急いで聖剣を抜くと、勇者に声をかける。


「悪い、最深部に近づきすぎたみたいだ。やつがこっちを狙ってる!離れるぞ!!」

「あ、ああ」


 2人は急いでその場を離れ、中域まで戻ってきた。


「危なかった…」

「…」

「勇者?」


 無言の勇者に、狩人は訝しげな表情を向ける。そんなに怖かったのか?それとも全速力で走ったから息が切れたとか?しかしよく見ると、勇者の視線は聖剣に向けられていた。


「あ、すまん。聖剣返すよ」


 しかし、勇者は何故か受け取らない。


「持てないんだ…」

「は?」

「その聖剣、弓使いも戦士もヒーラーも持てないんだ。聖なる力が一定以上ないと、持つことすら出来ない。王都で唯一俺だけが持てたから、俺が勇者に選ばれた…」

「え…」


 狩人は手にしている聖剣を見つめ、勇者を見つめ、また聖剣を見た。なんだかほのかに光っている気がする。そういえば勇者が剣を振るう時も光っていた。


「…」

「…」

「とりあえず、村に帰ろう」

「…ああ」


 狩人は聖剣を勇者に無理やり持たせ、2人は無言で村まで帰った。

 宿屋の食堂で他の3人が戻るのを待つ。勇者は無言で酒を飲んでいる。まるで別れたカップルのような気まずい雰囲気が、2人の間に漂っていた。


「ただいまー」


 一番最初に帰ってきたのは弓使いだった。


「…?どうしたの2人とも。まるでお通夜みたいだよ?」

「…」


 勇者は無言だ。仕方なく狩人が答える。


「他の2人が帰ってから説明するよ」

「ただいま戻りました…あれ?どうしたんです?何か大切なものをなくした時みたいに落ち込んでますね」


 ヒーラーの一言が勇者を抉る。


「ただーいまっと………」


 戦士が戻ってきた。戦士は弓使いにこっそり「なぁ、誰か亡くなったのか?」と聞いた。弓使いは肩をすくめた。


「えーっと、皆さん…大変な事実が発覚しまして」


 狩人が話し始めると、勇者がいきなりドンっとグラスを置いて、聖剣を机の上に置いた。狩人は仕方なく聖剣を持ち上げる。


「これは…」

「まぁ…」

「勇者って1人じゃないんだな…」


 ヒーラーはそっと勇者を見た。無表情で俯いている。それもそうだろう、今まで自分にしか大魔核を破壊できないと言われ、勇者として努力してきたのだ。それをいくら自分より強いとはいえ、他の人間でも良かったと言われたようなものだ。いや、強いからこそ自分の存在意義を見失ってしまったのだろう。

 このままでは狩人に勇者をやってもらうと言い出し、自暴自棄になりかねない。といっても、今はきっと誰の言葉も聞こえないだろう。少し時間を置かなければ。


「俺としては、聖剣はこれまで通り勇者に持ってもらうのが一番良いと思う。一番慣れた武器だろうし、勇者にはリーダーシップもある。勇者にふさわしいのはあんたしかいないと思う」


 狩人が言う。しかし勇者は聖剣を持つことなく席を立った。


「悪いけど、今日は寝る」


 皆を見ることなく、そのまま部屋にこもってしまった。


「うーん、困ったねぇ。勇者が辞めるとか言い出したらどうしよう」

「ありゃそうとう落ち込んでるな。俺としては狩人の言う通り、今まで通りのパーティーでやりたいんだが」

「あとは勇者を信じて待つしかありません」


 4人は夕食を食べると、そのまま解散した。勇者が立ち直るのを信じて。


 翌日。勇者一行の3人が朝食を食べていると、勇者が部屋から出てきた。何と言い出すのか、3人はドキドキしながら待つ。


「皆、昨日は態度が悪くてゴメン。なんか混乱しちゃって…あれから色々考えたんだけど、狩人が言う通り、今まで通り勇者をやっても良いかな?」

「も…勿論です!」

「僕らのリーダーは勇者しかいないよ」

「ああ、背中を預けられるのはお前しかいない」


 それぞれから声をかけられ、勇者は少し照れくさそうにすると、食堂の壁に立て掛けてあった聖剣を手にした。聖剣は勇者と狩人しか持てないので、不用心だがそこに置いておくしかなかったのだ。

 勇者が朝食を食べ始めると、狩人が顔を出した。いつもならもう少し遅い時間に迎えに来るのだが、勇者が心配だったのだろう。


「狩人!昨日は悪かった。あとありがとう」

「礼を言われるような事なんて…」

「森の深部で助けてくれただろ?あと俺が勇者にふさわしいって言われて嬉しかった」

「俺は…思ったことを言っただけだ」


 狩人が少し照れる。


「今日からもよろしくな!」


 勇者がいつも通りの笑顔でニカっと笑うと、和やかな雰囲気が広がった。


 それから1ヶ月。全員のレベルが90を越えた。もう少しレベル上げをしたいところだが、国中の魔獣発生率が急激に上がっており、今では魔の森の浅域ですらレベル80台の魔獣が出るようになっていた。勇者と聖剣が近づいたことにより、大魔核を守るために魔獣が活発化したのである。

 勇者達は最深部に行くことを決めた。メンバーは勇者、弓使い、戦士、ヒーラー、狩人である。体力と魔力の消費を抑えるため、途中までは他の村人が護衛してくれる。

 村人達が護衛出来たのは、中域までだった。深部からは勇者達5人で行かなければならない。なるべく魔獣と遭遇しないように気を付けながら進む。

 以前勇者と狩人が最深部を守る魔獣から遠隔攻撃された辺りまでやってきた。ここからは通常の魔獣だけでなく、最深部の魔獣からの攻撃にも注意しなければならない。

 気休めかもしれないけれど、とヒーラーが隠蔽魔法をかける。気配を遮断する魔法だ。

 隠蔽魔法のおかげか、ほとんど魔獣と遭遇することなく、遭遇しても先制攻撃で倒して、最深部に到着した。

 パーティーの目の前には、他の魔獣とは一線を画す魔獣が、大魔核を守るように立ちはだかっていた。なんとこの魔獣は人型だったのだ。といっても顔は獣のもので、言葉も発しない。

 戦いの火蓋は切られた。ヒーラーがパーティー全体に身体強化魔法を限界までかける。弓使いと狩人が遠距離攻撃で気を引き、その隙に戦士と勇者が剣で斬りかかる。一進一退しながらも、勇者達は少しずつ魔獣の体力を削っていった。

 狩人が放った魔法が直撃した時、魔獣に大きな隙ができた。その一瞬を逃すことなく勇者が右足を切断すると、魔獣の身体が大きく傾いた。やった、あと少し。誰もがそう思ったその時、魔獣の左手が大きく変化して、勇者をなぎ払った。


「勇者!!」


 勇者は後衛のヒーラーのところまで飛ばされた。ヒーラーがすかさず回復魔法をかけるが、足が折れており、動けるまで回復するには時間がかかる。


「狩人!」


 勇者は狩人に聖剣を投げた。狩人は一瞬で意図を理解し、聖剣を受け取ると、うずくまる魔獣へ斬りかかる。全力を込めて袈裟斬りにすると、魔獣はパックリと真っ二つになり、霧となって消えた。赤子ほどの大きさの魔核がごとりと落ちる。


「やった…のか?」


 戦士が膝から崩れ落ちる。


「まだだ!大魔核を破壊しなければ、またすぐに生まれてくる!狩人!!」


 勇者が叫ぶと同時に、狩人が大魔核に向かって走り出す。大魔核はその名の通り大きく、2メートルほどの高さに1メートルほどの幅があった。

 狩人は聖なる力を込め、聖剣を魔核に突き刺した。

 ピキピキと音を立て、大魔核にヒビが入っていく。狩人は更に聖なる力を込めた。

 パキン、と一際大きな音を立て、大魔核は粉々に砕け散った。1つ1つは小指ほどのサイズである。これでもう魔獣が新たに生まれることはないだろう。


「やった…!ついにやったんだ!」


 弓使いが跳び跳ねる。

 治療の終わった勇者は立ち上がると狩人の元へ向かった。


「ついにやったな。結局狩人が勇者になっちゃったけど、結果オーライだ!」


 勇者の笑顔を見て、狩人はようやく力を抜いた。手から聖剣が落ちる。


「もう、魔獣は生まれない…?」

「ああ」

「俺がやったの…?」

「そうだよ。お手柄だな、国から報酬がたんまり出るぞ」


 狩人の目からポロリと涙がこぼれた。狩人は今までの訓練の日々や、魔獣狩りで死んでいった仲間の事を思い出していた。狩人はまだ若かったが、最果ての村に生まれたがために、たくさんの苦労をしてきたのだ。

 涙をぐいと拭くと、狩人は言った。


「俺は報酬も名誉もいらないよ。大魔核を壊せただけで十分。国には勇者が破壊したって報告してくれよ」

「それはできない相談だな。俺、嘘付くの下手だから」

「諦めて"勇者"になってください。君がいなければ、僕らはここにたどり着くことすら出来なかったんだから」

「そうですよ、嘘はいけません。国にはちゃんとあなたの事も、村の皆さんの事も報告しますから」

「だな。2人目の勇者様!」


 戦士が狩人の背中をバンバン叩く。


「…そう、ですか。ふふ、分かりました。仕方ないから俺も勇者になりますよ」


 それから5人は粉々になった大魔核を集めると袋に入れて回収した。そのままにしておくと、他の魔獣が取り込んで、強くなってしまう可能性があるからだ。

 来た道を通って村に帰る。いつの間にか日が暮れかかっていた。


「日暮れだね」

「このままじゃ、村に着くのは真っ暗になってからだな」


 5人は顔を見合わせると、ヒーラーが身体強化の魔法をかけ直した。


「久しぶりに全力疾走しますか!」

「誰が一番か競争な!」


 勇者が走り出す。


「あ、ズルいです!」


 全員が後を追いかける。

 大魔核は破壊されたが、魔獣の被害がすぐになくなるわけではない。この1~2ヶ月でより活発化した魔獣の被害はしばらく続く。

 けれど今だけは勝利に浸るのも許されるだろう。

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