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78.スピンオフの方が面白いってのはよくある話。

 それから、俺と虎子(とらこ)は特に目的を決めずに店内を見て回った。


 最近出た百合漫画の新巻を買いたい気持ちもあったけれど、それをここで「これ、楽しみにしてたんだよー」と手に取るほど、俺の心臓に毛は生えていなかった。


いや、それでも虎子はそんなに動揺しない気はするけど。そんな「かもしれない」なんて根拠や妄想に頼ってはいけない。脳内虎子ほど、現実虎子が優しくない可能性だって十分にある。実は同性愛に嫌悪感があって、「え、(はな)もしかして……そっちなの」なんて言いながら距離を取られてしまう可能性だってあるのだ。


うう……想像しただけでショックを受けてしまった。虎子は皆のヒーローだけど、同時に一人の女子高校生でしかない。過信は禁物だ。


 そんなことを考えながら歩いていると、


「お、これって」


 虎子が棚に平積みされていた一冊の漫画に手を付ける。


 タイトルは「折木さんと青い華」。昨日、俺たち三人で見た映画の原作漫画だ。


 虎子はしげしげと、手に取ったその単行本を眺めた後、隣に置いてあった「輝け!私立花乃宮高校吹奏楽部」というタイトルの漫画に視線を移し、


「あ、それ、美咲(みさき)が持ってるやつじゃん」


「…………え?」


 なんだって?


 美咲が持ってるって?「花乃宮高校」を?


 虎子は手にしていたコミックスを平積みに戻し、「花乃宮高校」の一巻を手に取り、


「うん。やっぱそうだ。これ、美咲が持ってるやつだよ」


 なんと。


 だけど、これで謎が一つ解決した気がする。


 「輝け!私立花乃宮高校吹奏楽部」は文字通り吹奏楽部に所属する主人公の物語を描いた作品である。


 少女漫画であり、元をただせば百合要素なんて一切ないんだけど、それはこれ、百合脳の持つ、解釈能力の賜物である。


 ちょっとでも仲がよさそうだったり、べったりだったらすぐにカップリングし、ライバル視して、目の敵にしていてもカップリングする脳からすれば、女子高の吹奏楽部で起きる人間関係のいざこざなんていうのはつまるところ痴情のもつれにしか見えないわけで、つまるところ、そういう方面でも人気が出た作品である。


 そして、「折木さんと青い華」はそのスピンオフ作品なのだ。


 往々にしてあることだが、こちらの方が評価は高い。


 「花乃宮高校」は割と、吹奏楽部のあれこれが中心にして描かれている。良い言い方をすれば青春の日々。悪い良い方をすれば体育会系の部活動にありがちないざこざを取り上げた作品なのだ。


 対して、スピンオフである「折木さん」は、そういったいざこざの話を(大元を読んでいる前提で書かれているから当たり前だが)割と省いている。そのあたりが評判の高い理由であり、実際俺も「折木さん」の方が好きなのだった。


 そのスピンオフ元を、美咲が持っている。


 「折木さん」の原作を読んでいたかは分からない。だけど、大元のファンであれば、タイトルを知っているくらいはあってもおかしくはない。だからあの時彼女は虎子の読み間違えを訂正できたのだろう。


 虎子は手元のコミックスを再び棚に戻し、


「華はこれ、読んだことある?」


「えっと、一応」


 そりゃあまあ、百合要素のある作品ですからね。見逃しませんよ。いや、厳密には百合要素なんてないんだけどね。百合脳は“可能性”を大切にするから。


 と、そんなことを考えていると虎子が、


「どう、面白い?」


「え?えーっと……」


 難しい質問だと思う。


 俺からすれば面白い。吹奏楽部の云々に関しては、正直言ってそこまで興味はない。だけど、キャラクターは可愛いし、よく作りこまれている。


 そこに百合を想像するのは難しいことではないし、実際そういう二次創作は多く作られている。間違いない。俺が保証する。だって、過去にネットの海を漁った記憶があるからね。


 だけど、それを虎子が面白いと思うかはまた別問題だ。


 彼女は基本男勝りだ。そして、良くも悪くもさっぱりとした性格で、表裏が無い。最近まではそう思っていた。


 けど、美咲から内実を聞いた今ではそれも自信が無い。


 思うのだ。この男勝りな性格も、さっぱりとした受け答えも、その裏には様々な悩みがったのではないかと。そしてそれは未だに解決していないのではないか、とも思うのだ。


 もしそうだとしたら、「花乃宮高校」は地雷を踏みぬいてしまう可能性が高い。


 だって、あれ、メインもメインの子が家族とめっちゃもめてるしなぁ……


 なので、


「“私は”面白いと思うけど」


 という実に保険をかけた回答をした。


 そう、俺は面白いと思うのだ。その選択が「面白い」か「面白くないか」の二択から選んだものでしかないという事実は秘密だ。細かく答えるのなら、気になるところはあるし、どこが好きで、どこが嫌いかも明確だ。


 でも、それはきっと、虎子の求める答えじゃない。


 虎子はただ単純に「笹木華という人間がどう思っているか」を雑に聞いただけに過ぎないのだ。だったらこの答えでいい、はずなのだ。


 それを聞いた虎子は「ふーん……」と言いつつ、暫く「花乃宮高校」があるゾーンの棚を眺める。


 ちなみにそこは「百合コーナー」だ。別にそういうポップがあるわけじゃない。だけど、間違いなく「その手の作品」だけが集められている。本来「百合作品」として売られているかは関係ない。そういう人気がある作品ならば雑誌や媒体に限らずピックアップしているようだ。


 暫くの沈黙。その間俺は目の前にある百合コーナーで、買っていなかった新巻を見つける。でもこれを買うのはまた今度だろうか。そんなことを考えていると、ぽつりと、


「…………いいなぁ」


 声だった。


 そのトーンがあまりに低すぎて、俺は一瞬辺りを見渡した。


 やがて、俺はその声の主を特定する。


 聞き間違えか、とも思った。


 だけど、すぐにそんなことはないと分かった。


 俺の視線の先にいたのは、今まで見たことが無いくらい、沈み込んだ表情で、棚という風景をただ眺めている九条(くじょう)虎子の姿、だった。

次回更新は明日(12/20)の0時です。

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