76.大豚ヤサイマシマシ。
インスパイアというのはある人物の行動や思想に強い影響を受けることをさす言葉だ。
そして、インスパイア系といえば、東京は三田に本店を構えるラーメン○郎をいわば“インスパイア”したラーメンを提供するお店のことをさす。
その言葉が含有する意味に関して人によって捉え方が微妙に異なるし、最近は直系店で働いていた店員が“スピンアウト系”を自称して出店するなど、色んな意味で広がりを見せているジャンルだ。
知名度は高い一方で、(主に直系店)に対してネット上では余り良い噂も無かったりと、何かと話題になりつつも、結局は皆なんだかんだ興味があるのか、最近ではインスパイア店が監修したラーメンがコンビニで売られていたりもする。
従って、虎子がそれを知っていても不思議はないし。彼女の食べっぷりを考えると、量の多さはハードルにはならないとは思う。思うんだけど、実際にそれが出てくるとは流石に思わない。何かと想定外の多い友人だ。
俺と虎子は食券を買い、店員にそれを渡し、中に通される。時間帯が昼食時よりもちょっとだけ後ろにずれていたこともあってか、テーブル席に通された。四人掛けを二人で使うのはちょっと贅沢な気もするが、店員が案内してくれたのだから良しとしたい。
「気になってたの?」
「ん?」
「ほら、このお店」
虎子は「あー」と合点がいき、
「まあな。評判も良かったしな」
「普段から行くの?ラーメン屋」
「いやー……そんなに普段からはいかないな。だけど、休日とか、外に出かける時は行くって感じかな」
なるほど。
要するに彼女にとって外食はラーメンのことが多いのか。良く太らないな。あ、ランニングと剣道してるって言ってたっけ。
「華は?華はやっぱりこういうところ来ない?」
「ん?」
虎子がやや気まずそうに、
「いや、ほら。女子一人でこういうところって「行きにくい!」みたいな話ってあるじゃん。だから、華も、そうなのかなって」
ああ。
確かに、女性一人でラーメン店というのは割とハードルが高いと聞く。
女子高校生。しかもお嬢様学校ならなおさらだろう。彼方あたりならもしかしたら入れるかもしれないけど、美咲がその選択をするとは思えない。彼女の場合はまず食べられる量の問題な気もするけど。後は……アテナなら迷わず入りそうだけど、それくらいか。
正直、困った。
元の世界での俺は男だ。ラーメン店に一人で入るくらいなんてことはない。なんなら一人で入らざるを得ない場合の方が多かった気がする。
だけど、今は女の子だ。虎子よりも身長も低ければ、恐らく力もない。そんなか弱い女の子が「実はラーメン屋巡りが趣味なんだよねー」なんてことを言い出したら流石にドン引きされるかもしれない。や、虎子のことだからドン引きはしないか。でも、かなりびっくりはすると思う。
どっちを取るか。
迷った末に俺が選択したのは、
「抵抗感が無い……わけじゃないけど。入らないことは無いよ?」
ちょうど中間くらいの内容だった。実際完全な嘘というわけではない。今の俺が、なんの躊躇もなく終電帰りにラーメン屋に寄れるかと言われると難しいものがある。その場合の難しいは「ラーメン屋に寄れる」ではなく、「終電帰り」にかかっているのはいうまでもないことだけど、伏せておくことにする。
それを聞いた虎子は、
「そ、そっか。ならさ。時々一緒に行かない?ほら、二人なら入りやすいと思うし?な?」
と、勧誘してくる。
なるほど。
要するに虎子は「一緒に馬鹿がやれる友人が欲しい」のだ。
分からなくはない。お嬢様学校の生徒ではどうしても虎子と趣味が違ってくることもあるだろう。だからこそ彼女は時々過去の、小学校時代の男友達と遊ぶのだろう。
もちろん、俺や美咲たちと一緒に遊ぶのも楽しいのかもしれない。相手にあわせて、気を使って、空気を読んで、などということはないはずだ。九条虎子はどこに行っても九条虎子のままのはずだ。
だけど、本当の意味で彼女が羽根を伸ばせるのは、さっきまでいたゲームセンターや、今こうして提供を待っているラーメン店のような場所なのではないか。そこにはきっと、美咲を連れてくることも少ないのだろう。
彼女も誘えば来てくれる可能性が高いし、虎子と一緒にいるだけで満足してくれるだろう。けれど、その持っている世界観はやっぱり違う。彼女はあくまで「女の子」なのだ。いや、虎子も女の子だけどね?なんかナチュラルに小学生男子みたいな扱いになっちゃってるけど。
「お待たせしました」
そんなことを考えていると、注文したラーメンが到着する。俺が注文したのはラーメン(並)だ。
並 というとそんなに多くないイメージがあるかもしれないが、ここの並は一味違う。通常のラーメン店の麺量は普通盛りで大体、ゆで前100~150gくらいと言われている。
対して、ここのラーメンは並でも250gある。インフレバトルの極みみたいな量だが、直系だとこれよりも多いことがザラだからびっくりする。
とまあ、そんなわけで通常でも量が多いのだが、
「えぇ…………」
開いた口がふさがらないとはこのことだろうか。
食券を買った順番は俺が先で、虎子が後だった。だから知らなかったんだ。虎子が何を買ったのかを。
今目の前にある器は明らかに俺の前にあるものと違うサイズだ。間違いない彼女は中盛以上を注文したに違いない。しかも乗っている豚(厚切りチャーシュー)の枚数も俺より多いので、増したのだろう。マジですか虎子さん。それ、男の俺でも割と躊躇するレベルの注文ですよ?
次回更新は明日(11/18)の0時です。




