6.そのお隣さん、喧嘩中につき。
始業式が終われば当然その後はホームルームと相場は決まっている。
どうやらそのあたりは白百合学院でも変わらないようで、生徒たちはみんな教室のある通常棟へと大移動を開始していた。俺はと言えば、
「さ、行こ?」
出席番号の関係で席の位置がかなり離れていた夢野に手を引かれていた。ひとりでもあるけるとは言ったのだが、
「私が好きでやってることだから」
と言ってきかなかった。やだ怖い、やめてください……
女神には百合だ百合だと散々自己主張を繰り返してきたが、これは百合の中でもちょっとめんどくさいタイプかもしれない。分かりやすいワードで言うなら「ヤンデレ」ってやつ。
ほら、束縛したがるタイプっているだろ?ああいうタイプな気がするんだよ。「私が一番華のことを見てきたんだから」とか「華は私が守る」とかいって、寄ってくる相手をただの友人関係だろうが警戒するようなあれ。
怖いなぁ……そういうのはちょっといいなぁ……眺めてる分にはいいんだけど、自分が束縛される対象っていうのは勘弁してほしいかもしれない。
さて。
教室についた夢野は早速他の友人から話しかけられていた。どうも内部進学の生徒に友人がいるらしい。顔の広いことだ。その顔の広さで是非とも百合恋愛の相談を持ち込まれてほしい。解決できるかは分からないけどね。ノロケ……もとい、相談くらいは聞いてあげるから。
教室はそこそこ広く、椅子と椅子の間がきちんと距離が取られているので、「さ行」の華と、「や行」の夢野はかなり席が離れている。
これがどう作用するかは分からないが、彼女のことだ。何らかの理由をつけて隣の席を確保してきそうな気はする。怖いなぁヤンデレ。戸締りしとこ。
自分の席を確認し、座ったうえで鞄を机の横にかけてひと段落。このあたりは俺の高校生時代と変わらないみたいだ。もっとも、脳内から抽出したらしいから、思考レベルにあわせたという可能性も有りそうだけど、
「全く……わからずやなんだから……」
ぶつぶつと文句を言いながら、右隣の席に生徒が座る。当たり前と言えば当たり前だけど名前も容姿も全く知らない相手だった。
制服の胸元は一番上までボタンをつけておらず、上着は肩にかけているだけで、お嬢様学校という雰囲気の白百合学院のイメージとは大分ずれる感じがする。
肩口より少し上までしかない茶髪は多分染めたものだろう。ピアスにネイル。古い表現をするならば「ギャル」という言葉がしっくりくるが、それよりは大分今風だった。洗練されているといったらいいのだろうか。余り下世話な感じがせず、どちらかといえばかっこいい感じがした。
モテるんだよな、こういうの。初等部からエスカレーターでミッション系と来てるから、いいとこ育ちの箱入り娘も多いだろうし、こういうちょっとワイルドな感じに憧れたりするんだよ。バレンタインとかもチョコを貰うんだろうなぁ。いいなぁ、貰うところを見てみたい。
ギャル(仮)はそんな思考など知る由もなく、ぶつぶつと、
「ったく……美咲のやつ、なにがそんなに気に食わないってんだ」
美咲。
気に食わない。
不満げ。
もしかしなくても痴情のもつれじゃないだろうか。
いや、きっとそうだ。
この手のちょっとガサツな子の相方ということを考えると、「みさき」とやらは、おしとやかで「ですわ」とか「ですの」とかそういう語尾を使っちゃう系統の子だ。それで、細やかな気配りが出来ないギャル(仮)に耐えかねて、売り言葉に買い言葉で喧嘩になって、分かれてきたところに違いない。
これはもう話を聞くしかない。
ただ、彼女はこちらのことを一切知らないし、向こうだってこっちのことは知らないはずである。
一方で、さっきからぶつぶつと呟いている内容が半分以上こちらに丸聞こえなので、「気になった」というテイを取れば、普通に会話は可能な気もする。
やってみよう。
折角手に入れたチャンスだ。
「あ、あの」
声が、裏返った。
良い感じに「気になったから声をかけてみた」という塩梅を出そうとしたら「迷惑なので怖いけど思い切って声をかけたら、裏返っちゃった」みたいになってしまった。難しい。この辺は練習しないといけないな。
だが、声自体は届いたみたいで、
「ん?ああ、わりい。うるさかったか?」
やっぱり、迷惑だから声をかけたと思われている。だけど、その表情は意外と申し訳なさそうだ。これはあれだ。見た目はギャルだけど、心は乙女なタイプだ。きっと強気受けだろう。間違いない。
「ネコだな」
「猫?」
しまった、声に出ちゃったじゃないか。さっきまでずっと脳内で会話してたからか実際の声と、脳内の想像がごっちゃになってるのかもしれない。
「い、いえ、なんでも……あの、それよりも、誰かと喧嘩、したんですか?」
ギャル(仮)は喉になにか詰まったような顔になり、
「……聞いてた?」
「えっと……はい。すみません」
ギャル(仮)は首筋をぼりぼりとかいて、
「あー…………まあいいか」
こほんと咳ばらいをして、
「えーっと……」
「あ、笹木です。笹木華っていいます」
「華か。俺は九条虎子。親しいやつはトラって呼ぶよ」
手を差し出してくる。握手をしようということなのだろうか。無反応と言うのも失礼だろう。その手を握ると、がっちりと握り返され、ぶんぶんと振られ、
「よろしくな!」
なんともパワフルなギャルだ。いや、虎子と呼んだ方がいいのだろうか。彼女は俺のこととを早速華って呼んでたし。
虎子は手を離すと、早速と言った具合に話を切り出してくる。
「華はさ。キスってしたことある?」
「え、ええええ!?」
虎子は微笑んで、
「その反応だとないみたいだな。俺もだったんだよ、今日の朝まではな」
「今日の朝……?」
「そ、俺と美咲……あ、幼馴染の名前な。美咲は実家から通っててな。この辺に住んでて家も隣同士なんだよ」
「へぇ……」
なんだかどっかで聞いた話だ。もしかして、先ほどまでの俺が持ってた設定を引き継いだのか?
虎子はそんな疑問など知る由もなく、
「で、だ。俺は子供のころからずーっと朝起きるのが苦手でな。だから、あいつ……美咲が起こしに来てくれるのがいつものことだったんだけど、今日はちょっと寝ぼけてたらしくってな。どうも、美咲にキスをかましたらしんだよ」
「あぁ……」
なるほど。
後のことは聞かなくても分かる気がした。
「で、それからあいつ怒っちゃって。初めてだったのにとか、寝ぼけて奪うことないじゃないとか。もう起こしに来ないとか。俺も最初は謝ってたんだけど、がさつだとか、乱暴だとかそんなことまで言い出すもんだから、かちんときちゃって」
「喧嘩になっちゃった、ってことですか?」
無言で頷く虎子。
完全に想像通りだ。
「そりゃ、俺も悪かったとは思うよ?だけど、そんなに怒ることは無いと思うんだよなぁ……でも、あれはちょっとやそっとじゃ機嫌を直してくれないよなぁ……はぁ……」
大きなため息。よほど仲が良いのだろう。
さて。どうしたものか。
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