66.近すぎる距離感。勘違いの原因。
「大丈夫か?華。駄目だぞ、ああいうのについていっちゃ」
数分後。
待ち合わせのハチ公像がすっかり見えない位置まで来て、虎子は初めて俺の手を離した。
「華ってほら。か弱い女の子っぽい感じがするからさ。きっと押せばいけるって思われたんだよ。だけど、駄目だぞ。ああいいうのは。甘い話についていったら駄目だ」
とつとつと注意をする虎子。
だけど、
「あの、別についていこうとは思ってなかったけど?」
「……え?」
「え?」
「マジ?」
「マジだよ。別についていくつもりなんてなかったし、普通に断って、あんまりにもしつこいようなら交番に逃げ込めばいいかなって思ってた。ほら、近くにあったでしょ?」
「た、確かに」
そう。
ハチ公像のすぐ近く。歩いて一分もかからないであろう位置に、交番があるのだ。
逆に言えば、それがあるから悠長に構えていたともいえる。いくら俺だって、自分の身体がか弱い女の子のものであることは分かっていたし、それくらいの危機管理はしているつもりだ。
が、虎子はそんなことには頭が言っていなかったようで、
「そうか……そう、だよな。うん。交番、あったもんな」
「考えなかった?」
「考えなかった……というか、あの時は「助けなきゃ」ってなった。いつもの癖だな」
と気まずそうに首筋をかく。
「いつもの癖?」
俺は思わず尋ねる。虎子は「ああ」と頷き、
「美咲がな。ああいう手合いにスカウトされてた時があったんだよ」
「へぇ」
なるほど。分からなくはない。美咲は美咲で「か弱い女の子」という表現がぴったりな感じがする。
虎子は続ける。
「けど、美咲は華みたいに冷静じゃないから焦っちゃって。それで俺が間に入るってことがあるんだ。割と。その時の癖、だな」
「なるほどね……」
そこで少し気になって、
「そういえば、美咲とは?」
虎子が俺の考えを読み、
「話した……っていってもメッセージで、だけどな」
「なんて?」
「んー?私のことは気を使わなくていいよって言ってた。後、今日もほんとは誘ってみようかって思ったんだけど、用事があるから駄目だって」
誘おうと思ったのか。
いや、確かに。今回の目的を考えれば、美咲は強力な助っ人になりえるとは思う。思うけど、実際に誘うとなると話は別だ。
なにせ昨日の今日だし、こと俺に関してはあんな話を聞いた後だ。虎子と二人でのデートならともかく、俺を含めた三人でとなると誘うのはちょっと躊躇してしまうくらいだ。そのあたり、虎子は気が付いているのだろうか。
彼女の性格を考えると気が付いていない可能性も考えられるけど、過去の出来事を踏まえると、気が付いたうえで、限られた時間を有意義に過ごしたいと考えての行動な気がしないでもない。
最初は割と脳筋……とまでは行かないけれど、考えるより行動という性格をしていると思っていたけど、美咲から内情を聞いた今ではよく分からない。彼女は彼女なりに悩んだうえで、今のキャラクターを選択している。そんな気も確かにする。
虎子が話をすっぱりと切り替えて、
「んで?誕生日プレゼントだっけ?」
「あ、うん。彼方への誕生日プレゼントを選びたいなって」
「しかし華も大変だよな。いきなり同級生に敵視されるなんて」
そう。
隠したところでどこかでバレる話だと思ったので、虎子には今回の経緯を(若葉が彼方を襲っていたという事実以外は)全て伝えたのだ。別に伏せておいても良いとは思うのだが、その方が、真剣みが伝わるんじゃないかと思ったんだ。事実虎子はやる気を出してくれているみたいだし、よしとしたい。
虎子は腕を組んで、
「しかしなんで辰野は華のことをそんなに敵視してるんだ?分からん」
「あー……」
うん。
やっぱり基本的には行動が先なんだね。
若葉が俺を敵視している理由なんて一つしかない。彼方との間に割って入る人間だからだ。
そもそも彼女と彼方はあくまで仲の良い先輩後輩でしかないし、仮に若葉が彼方に恋の告白をしたとしても、断られるか、保留されるかが関の山で、彼女の重すぎる好意が受け止められることはないだろう。
寮の部屋割りだって、俺が彼方を選んだわけでもないので、敵意を向けられるのは全くのお門違いな訳だが、そんな理屈は若葉には全く通用しないのだ。恋は盲目というのはこのことだろうか。そもそもあれが恋なのかはいささか怪しいところがあるけど。恋っていうよりも……狂信?
取り合えず俺は当たり障りのないところで、
「辰野さんはほら、彼方と仲が良いみたいだから。寮も一緒の部屋になりたかったんじゃないかな。ほら、虎子だって、寮に入ることになったとしたら、美咲と一緒の部屋になりたいでしょ?」
「それは、まあ」
「ね?ところが蓋を開けてみればルームメイトは全く知らない同級生だった。どう?敵視する理由がちょっと分からない?」
それを聞いた虎子は「ああー……」と合点が、
「でも、その知らない同級生って華でしょ?華だったら別にそんなに嫌じゃないかなぁ」
いかなかった。いや、いったのかもしれないけど。随分思ったのと違う方向に思考が急カーブを遂げていた。ヘアピンカーブをドリフトターンである。
「いや、それはほら。虎子が私のことをよく知ってるから」
それを聞いた虎子はさらにもう一度思考を急カーブさせ、
「じゃあさ。今回のプレゼントで、華がいかに彼方のことをきちんと考えてるかってことを分かって貰えれば、辰野も認めてくれるんじゃない?」
「そう……かな?」
「そうだよ。うし。やる気出てきた。俺で力になるか分からないけど、今日は一日よろしくな?」
そう言って拳をこちらに突き付けてくる。俺はおずおずとそこに拳を打ち合わせると、力強くトン!と押され、
「頑張ろうな!」
にかっと笑顔。ああ、なるほど。こういう距離感の近さと、爽やかな笑顔で美咲を虜にしてきたわけね。九条虎子はやっぱり罪な女なのかもしれない。
次回更新は明日(11/6)の0時です。




