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65.??「こんにちは。華ちゃん。可愛いね」

 頭すっきり。


 昨日は割と精神的にも肉体的にも疲労があった気がするんだけど、一晩寝て、起きてみればあら不思議。そんなものは微塵も残っていなかった。


これが若さなのか、女子高生という生命体(?)のパワーなのかは分からないけど、取り合えず、今日一日虎子と出かけるのにはなんら支障はなさそうだ。


「ん?今日も出かけるの?」


「うん。ちょっとね」


「そ?気を付けてね」


 彼方(かなた)の良いところは色々あるけれど、一番の良いところは余計な詮索をしないところじゃないかと最近思ってる。


 相手が力を貸してほしいと思ってそうなら手を差し伸べて、詮索してほしくないと思っていれば、無駄な質問はぶつけない。


 人と人の距離感を適切に保てるあたりに彼女がモテる理由があるような気がした。イケメンは心までイケメンなのかもしれない。 


 と、俺がそんな馬鹿なことを考えながら部屋を後にして、出かけようとしていると、


「あ」


「お」


 ばったりと出くわす。


 アテナだった。


 彼女は開口一番、


「今日は“誰と”出かけるの?」


 誰と、の部分が大分強調されていた気がする。


 どうもアテナは俺のことを人たらしだと思っている節がある。そんなことは無い……と否定したいんだけど、美術部から熱烈な勧誘を受けている身なので強くは否定できないのがまたもどかしいところだ。俺は別にモブでいいんだけどなぁ……


 ただ、それはそれとして、


虎子(とらこ)と。ちょっと買い物に付き合ってもらうんだ」


 それを聞いたアテナの視線が一気に湿り気を帯び、


「ふーーーーーーーーん…………」


 うーん……


 正直否定してもいい。いいんだけど、それをするには大分時間がかかる上に、やり方をミスるとより泥沼にはまる可能性がある。


 だから、この場合の正解選択肢は、


「そういうわけだから、じゃ」


 撤退だ。


 三十六計逃げるに如かずってこと。


 が、そんな俺をアテナは引き留めて、


「あ、ちょっとまって」


「……まだなにか?」


 アテナは俺の不満げな声を聞いて察したのか、


「違う違う。真面目な話」


 今までは真面目な話じゃなかったのか?という問いは胸の内にしまったままにしておくことにしたい。


 アテナは続ける。


「前に話したと思うんだけど……私の友達がどうも不穏な動きをしてるっぽいの」


「不穏な動きって……具体的には」


 アテナは軽く首を横に振り、


「分からない」


「分からないって」


「ごめん。色々あって、直接動きを監視するってわけにはいかなくって。でも、なにかしようとしてるのは間違いないわ」


「それって……俺に対策のしようあるのか?」


「うーん…………」


 アテナはかなり悩んだ末に、


「緑」


「緑?」


「あの子、緑色が好きだから。もし、この世界に来て何かしてるなら、緑色の何かをまとっている可能性は高い……かも」


「緑……」


 考える。


 そして、思い当たる。


 昨日美咲(みさき)と行った公園。そこにいた先客は、確か髪の色が緑だったような気がする。


「まあ、分からないけどね……だけど、覚えておいても損はないと思う。また、何か分かったら教えるわね」


 アテナはそう締めくくり、


「んで?デートなんでしょ?早く行きなさい」


 と言って背中を押される。だから、デートではないんだって。



               ◇



 渋谷という駅は俺からすると大分縁遠い感じのする駅だ。


 一応、乗り換えやなんかで利用することはある。だけど、街そのものを歩くことはほとんどないんじゃないだろうか。せいぜいが地下から移動して、ツ○ヤで漫画を買ったりするくらいのものだ。


 アニメ○トやまんだ〇けも駅から大分遠い位置にあるので行きづらいし、ゲームセンターだって別にここである必要性が無い。若者の街と言われることの多い渋谷だけど、その若者という言葉の中に俺は含まれていないような気がする。


 そんな街で今、俺は待ち合わせをしている。


 しかも、相手は女子高校生だ。


 いや、この世界では俺も女子高校生なんだけどね。だけど、心は未だに佐々木小太郎のままなので、気分は完全にJKと渋谷デートである。元の背格好だったらちょっと危ない雰囲気が漂う気がしなくもない。虎子だとないか。美咲だと一気に危ない男についていくあか抜けない少女感が出てくるけど。


「ちょっと、いいかな?」


「はい?」


 なんてことを考えていたら、話しかけられる。


 男だった。


 歳は多分行ってても三十歳くらい。俺が絶対に選ぶことのないタイプの服に身を固めて、サングラスをかけていた。男はそのサングラスを外して胸ポケットにつっこんで、代わりに、どこからともなく紙切れを取り出して、


「自分、こういうものなんだけど」


 と言って名刺を渡してきた。


 そこには渡辺(わたなべ)一心(いっしん)という名前と、連絡先。そして、なんとかプロデューサーという肩書が書いてあった。これはあれか。スカウトってやつか。一体なんのスカウトなのかは分からないけど。


「君、芸能界とか興味ない?」


「芸能界……」


「そ、あ、別に今すぐそういう話がしたいってわけじゃないんだ。単純に興味があるかなって」


「うーん」


 正直な話、芸能界というワードには全くときめかなかった。


 まあアイドルなんかだと、アイドル同士の関係性を売りにしていたりとか、そういうところに百合の雰囲気自体はありそうな気がするけど。どうもピンとこない。


 だけど、渡辺はそんなことも織り込み済みといった感じで、


「興味ない感じか。まあそうだよね。突然言われてもピンとこないよね?だけどさ、もったいないって思うんだよね、俺」


「もったいない」


「そう。君みたいな逸材が、在野に転がったままなんてさ。もちろん、興味が無いっていうなら無理にとは言わないよ?だけど、ほら、何事も経験だから。こういうのは。どうかな?ちょっとお仕事を見るだけでも。別に僕と何か仕事をして欲しいってわけじゃないんだ。ただ、君みたいな子の可能性を広げてあげたいなって。そう思って」


 なんとも聞こえの良いワードを連発するもんだ。


 こういった手合いは基本的に「見るだけ」では済まない。上手く口車に乗せて、自分たちのホームへと連れ込んで、逃げられない状況を作って、いつの間にか……という形に持っていきたいんだ。


 きっと、俺があか抜けない田舎から出てきた少女に見えたんだろう。かわいそうに。俺の中身が男だって知ったらどういう反応をするだろう。信じてもらえないかもしれないけど。


「あの」


 断ろう。


 そう思った時だった、


「すみません。俺のツレに何してるんですか?」


 声が聞こえる。


 振り向くとそこには虎子がいた。


 渡辺は営業スマイルを一切崩さずに、


「あ、いやね。彼女みたいな原石を輝かせたいなって思って」


 虎子はそんな言葉を一切聞かずに俺と渡辺の間に入り、


「これから行くところあるんで。すみません。失礼します」


 そう言って、俺の手を取って歩き出す。


「あ」


「あ、ちょっと……!」


 渡辺も、俺もあっけに取られる。それどころか周りにいた数人の若者もこちらを見て「なんだろう」と興味深い視線を送っている。誰もが事態を把握できない中。虎子の足取りと、俺を先導するために握られた手の力だけはしっかりとしていた。

次回更新は明日(11/5)の0時です。

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