51.????「キャベツ!!」
「私にはちょっと難しかったかなぁー」
開口一番、虎子はそう結論付けた。逆に美咲は、
「良かった……本当に良かった……うう」
「な、泣くほどですか」
三人で『折木さん』を見に行ってからというものの、美咲は常時こんな感じだった。
別に号泣、というわけではないし、ちゃんと会話も出来る。だけど、その会話の内容が『折木さん』になると、徐々に雲行きが怪しくなり、次第に涙を流し始めてしまうという始末なのだった。
俺としては、「なんで美咲が『折木さん』を知っていたのか」も探りたいところだったのだが、この調子だとそれどころではなかった。まあ、後で聞く機会はいくらでもあるだろう。
それ以前に、自分が好きな作品を美咲も好きだった、ということで、嬉しいには嬉しいのだが、まさかそこまで刺さるとは思っていなかったので、喜び半分、驚き半分といった感じである。
ちなみに事態がまるで分からない虎子は驚きが十割だ。このあたりも二人の関係が進展しない原因になってそうな気がする。九条虎子。相変わらず罪な女。
その罪な女はというと、
「まあ、ほら。上手いもんでも食べてゆっくりしよ?な?いやー楽しみだなぁ。とんかつ」
そう。
何を隠そう俺たち三人は昼食の場にとんかつ専門店を選んでいたのだ。
恐らくだけど、映画を見る前に行く場所を決めていたらこうはなっていなかったんじゃないだろうか。
俺はともかく美咲がこういった店をチョイスするとは思い難いし、虎子は虎子で、美咲の反対を押し切ってまでここを選ぶとは思い難いからだ。
が、今日に関しては美咲がさっきからこの状態で使い物にならず、昼食の選択も「虎子と華ちゃんで決めていいよ……」という選択肢丸投げ状態だった。
結果として、虎子は「そうか?んじゃ、華。何食べたい?」という質問を投げかけ、不意打ちを食らった俺は、またしても視界に映ったなかから「とんかつ」と呟いてしまったのだ。学習能力ゼロか、おい。
まあ、それも虎子が「お、いいね。とんかつ。華も結構肉食系だね?」と返さなければ立ち消えていた話だから、良しとしておきたい。
「そう、だね」
改めてメニューを眺める。時間帯が時間帯のため、そこにはランチメニューと、「とんかつのおお蔵」というチェーン店名が躍っていた。
後で虎子に聞いたところによると、このチェーン店はキャベツの山盛りに特徴があり、大盛を頼めば、28cm以上の高さを遵守した、それはそれは迫力のあるキャベツが皿に盛られるのだという。
とんかつはとんかつで、本場スペインのイベリコ豚を使用しているという話で、聞けば聞くほど「でも、お高いんでしょう?」と聞きたくなったんだけど、ランチの価格は案外そうでもなかった。
それでも女子高校生が三人で行くお店の金額ではなかったけど、なにせ白百合学院はお嬢様校だ。
先ほど自腹で服を買ったうえに、俺に半ば押し付けるようにしてプレゼントしてきた美咲はもちろん、虎子もその金額でひるむようなことは一切なかった。
そして、当の俺はというと、これが不思議なことにかなりの手持ちがあった。先ほど念話を着拒する女神になんどもしつこくアクセスして聞いたところによると「金銭面で不自由はないようになってるはずよ」とのことだった。
別に買いたいものなんてそんなにあるわけではないけど、お嬢様を相手にするのであれば、手持ちはあるに越したことは無い。俺はそんな感謝を割と素直に伝えたら、
「どういたしまして、女たらしさん」
という一言を、かなり冷たい口調と共によこしたうえで、通話をぶつっと切られてしまった。その後何度か話しかけてはみたけれど応答はしてくれない。
女たらしとはどういうことだ。いや、まあ、確かに色んな女の子に話しかけてはいるけど……でもそれは、下心とかじゃないからね!あ、でも百合恋愛を見たいってのは下心か?うーん……
「お待たせしました」
「お、来た来た」
と、俺がしょうもないことを考えているうちに、注文したメニューが届いた。俺がローカツ定食で、虎子がかつ丼で、美咲がカキフライ定食だ。なんとも性格が出るチョイスだなと思う。まあ、全部カツなんだけど。ちなみに俺と虎子はそれぞれご飯が大盛だ。虎子はそんな俺の膳を見て、
「しかし……華って結構食べるよな?」
「えっ!?」
これには既に回復していた美咲も同意して、
「あ、それは思ったわ。華ちゃん、思ったよりもよく食べるし……なんか虎子っぽいなって」
「なんだ俺っぽいって」
虎子がツッコミを入れる。それに美咲が、
「うん。そういうところとか。なんていうか、ちょっと男らしい?」
「え」
たらり。
背中を一筋の汗が伝った気がした。
いや、別に焦る必要なんかない。なんてったって俺は今、正真正銘の女なんだから。華の女子高校生なんだから。仮にここで服を全部剥ぎ取られたって、「華ちゃんって男だったんだね……」ってなることはないから。
虎子は「俺っぽいっていうのは分からないけど」と前置いた上で、
「時々かっこいいところあるよな。ほら、美術部の二人を仲直りさせたときとか」
美術部、というのは紛れもなく碧と育巳の話に他ならない。確かに俺はあの時必死だったし、体当たりで何とかしたような気がする。結果として何をしたかは俺自身も正直綺麗には覚えていないんだけど、なんかやばいことを口走ってたんだろうか。
虎子が更に続ける。
「一色先輩が言ってたんだよな。カッコよかったって。イケメンの主人公が見えたって」
見えるな。
それは幻覚だ。
今度は美咲が、
「そういえば、馬部先輩も言ってたわね……口調も男らしい感じで啖呵を切られたって。それではっとなったって」
男らしい口調。
啖呵を切った。
俺はゆっくりと、しかし迅速に、残っている記憶を漁りだす。
回想中……NowLoading……
アッーーーーーーーー!!!!!!!!
言った。言ってるよ、確かに。俺……っていったかまでは覚えてないけど、完全に口調が笹木華じゃなくて佐々木小太郎になってるよ。それで啖呵切っちゃってるよ。
失態だった。あの時はそんなことまで考えるほどの余裕が無かったんだ。なにせ二人の前で気を失ってしまっていたらしいから。それくらい切羽詰まっていたから、仕方がないのは事実なんだ。
けど。
だけどだ。
もし、そんな口調で必死に訴えかけたのだとしたら、それは俺の方に興味が向いてもおかしくないんじゃないか。“大切な友人”との仲を取り持ってくれた“かっこいい騎士”に映っても、決しておかしくはないんじゃないか。
これはもしかしなくても、やってしまったのかもしれない。うん。今度からは気を付けよう。
……気を付けられるのかなぁ、これ。今になって「女たらし」というフレーズがぐっさりと心臓に突き刺さった気がした。遅効性の毒を打ち込むのはやめろ。あんた天使だろ。うう……痛い。心が痛い。
次回更新は明日(10/17)の0時です。




