表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/137

38.なんてったって女神様。

 未来(みらい)はぽつりと、


「親子関係かなぁ……」


 俺は思わず、


「親子関係、ですか」


 聞き返す。未来は縦に軽く頷き、


「そう。あくまで情報を元にした私の推測だけどね。多分、馬部(うまべ)は親に褒められたいんじゃないかな」


「褒められたい……」


「そう。良く描けたね、偉いねって。だけど、実際には芳しい反応が得られない。前後関係は分からないけど、そのタイミングでコンテストで一位を取り逃した。絵を描くことに対しての拒否反応みたいなものなのかもしれないね」


 言葉を切って、


「それなら、今までずっとここにも来なかったのも分かる。色を認識できないなんて判明しちゃったら、それこそ絵を描く期待をしてもらえないかもしれない。だから、隠すしかない。そう、判断したんじゃないかな」


「……それって、治せるんですか?」


 未来は腕を組んで唸り、


「治せないことはない……と思うけど、もしこの推測が当たっていたとするなら、まずはその親御さんと会ってみないと何とも言えないだろうね。多分、馬部の絵を描く原動力は「親から褒めらたい」っていう、至極純粋なものだと思うから」


 沈黙。


 仮に未来の推測が当たっていたとするならばなんとも悲しい話だ。


 碧は親に褒められるために絵を描き、親は(あおい)の将来を思って絵を描くことにいい顔をしない。どちらにもきちんとした理由はあるし、強いて白黒をつけるなら、子供の意思を優先しない親の方がやや自分勝手な気もする。


 ただ、そこにあるのは悪意でもなんでもない。


 きっと、純粋な「子供を思う気持ち」なのだろう。


 未来がぽつりと、


「せめて」


「?」


「せめて、馬部が「色を認識できるようになって、絵を描けるようになりたい」と思ってくれればなんとか出来るんだがな」


「絵を、描きたい、ですか」


「そうだ。君から聞く限りの情報でしかないが、今の馬部は絵を描くこと自体を諦めているように見える。どういう経緯でそこに至ったのかは分からない。分からないが、その状態では流石にどうしようもない。彼女自身が「色覚異常をなんとかしたい」という意思を持っていなければ、いくら天才医師と言えども、救い出すことは出来ない。実際に私のところに着てくれれば、対話の中で、糸口を見つけることは出来るかもしれないが、現状で私に出来るのは、現在の担任とコンタクトを取ってみることくらいだ」



              ◇



 結局、その日、解決策らしい解決策を見つけ出すことは出来なかった。


 未来は俺から碧の情報を引き出しつつ、なんとか出来ないかと考え込んだあげく、最終的には、


「だから、学生相手なんて無理だったんだって……」


 と、無力感を伴った呟きを漏らすまでに至ってしまった。


 聞くところによれば、未来はもともと免疫関連を専門として扱っている医師のようで、いくら一通りの知識はあるとはいえ、眼科、しかも心因性のトラブルに関しては門外漢なんだ、とすまなそうにしていた。


 正直なところ、そこまで真剣になってくれるとは(見た目の印象もあって)無かったのだが、かなりいい人だった。やっぱり人は見かけによらないのかもしれない。いや、見かけによる部分も抱えてはいたけれど。


 色覚異常。


 未来に説明を受けるまでもない。絵描きであればこれ以上ないくらい深刻な問題のはずだ。もし仮に鉛筆のみでしか描かないのであっても、肝心の被写体に存在するはずの色が認識できていないのであれば結局は同じことだ。大きなディスアドバンテージになることは間違いない。


 けれど、碧は恐らく、それを治療せずにいる。


 しかも、丸一年以上だ。


 その間、色覚異常と言う事実を誰かに告げることなく、ずっとひた隠しにしてきたのだろう。だから彼女は育巳の前で絵を描かないのだ。描いてしまえばボロが出てしまうかもしれないから。


 そう。ボロを出さないためだ。ボロを出さないために、彼女はわざとキュビスムのような絵柄で描いてみせたのだ。あそこまで崩してしまえば、多少被写体の色味が認識できなかったとしても問題が生じきにくいから。


 なぜ、そんなことをするのだろうか。


 俺が観測器を使って得た“視界”には、色覚以外の問題もあった。ぼやけて見えるのも問題の一つなのではないか。


 一体それがどのような状況で表出するのかは分からない。しかし、あれだけの“異常”を抱えているということが、実生活に影響しないはずはない。


 にも拘らず、彼女はあえてその問題を解決せず、“抱え込む”ことを選んだ。


 分からない。


 そんな理由なんてあるのだろうか。


「あ」


 声がする。


 アテナだった。手には俺の荷物があった。どうやら持ってきてくれたようだった。


 アテナはずんずんと俺の元まで大股で歩いてきて、


「いたいた。ちょっと、いくら何でも無視するのは良くないんじゃない?私、さっきからずっと呼びかけてたんですけど」


 とふくれっ面だ。


 呼びかけていた。それは脳内に語り掛けてきていた、ということだろうか。全く気が付かなかった。


「えっと……ごめん」


 素直に謝る。するとアテナはけげんな顔をして、


「……何かあった?」


 ずるいと思った。


 こんな時だけ女神にならないでほしい。

次回更新は明日(9/28)の0時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ