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百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。  作者: 蒼風
Ⅰ-Ⅴ.マイペースな先輩─馬部碧─
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29.笹木華、君に決めた!

「ごめんね、ホント。うちの部長が迷惑をかけちゃったみたいで」


「いや、そんなことは…………ある、かな」


 衝撃の出会いから数十分。それが、全員が状況を把握するのにかかった時間だった。


 いや、本当ならばそんなに時間がかかるはずなんてなかったんだ。俺が、育巳(いくみ)(あおい)。あるいはその両方とコンタクトを取って、何気なく情報を収集するだけだったはずなのだ。本来の予定ならば。


 ところが、その計画はいきなり全裸の碧が登場したことによって突き崩され、気が付けば拒む隙も無いうちに唇は奪われ、相も変わらず全裸(に一応、毛布を持っている状態)の碧と、俺が会話している状態で育巳が現れるという、考えうる限り最悪の手順を踏んでしまったのだ。


 結果として、まずは育巳の誤解を解いた上で、俺の目的を説明するという、大変まどろっこしい手順を取らなければいけなくなり、しかも道中では碧が要らないボケをかましては育巳にツッコミを貰うという夫婦漫才のようなものも披露されたものだから、大分手間取ってしまった。うーん、先が思いやられる。


 育巳は碧に睨みを利かせ、


「寝ぼけてるからって、こんな可愛い子を襲うなんて何してるんですか」


 俺の方に向き直り、


「ごめんね、あの人、ちょっとおかしいから」


 ちょっとかなぁ……?


 少なくとも、俺の想像は大分超えていたぞ。まさか全裸で寝ていたり、あろうことかキスをしてきたりするなんて思いもしないじゃないか。


 そのちょっとおかしい先輩は全く悪びれもせずに、


「ひどいなぁ。寝ぼけてただけだって言ってるじゃない」


「その寝ぼけるまでの過程がおかしいんですよ……全く」


 ため息。


 きっと日ごろから苦労をしているのだろう。なにせ当の碧は思考が全然読めない。しかも育巳からしてみれば(恐らくは)尊敬の的だったはずで、それがこんな自堕落でトンデモ変人な生命体だったとするならば、その落胆も大きかっただろう。悪態の一つもつきたくはなるかもしれない。

 恐らくそんなことは全く意識していないであろう碧が、


「それで?見学に来たんだっけ?」


 そう。


 結局のところ口実は「部活動の見学」ということにした。


 別に嘘ではない。実際部活動に興味が無いわけではないし、この二人の関係性を近くで見守りたいという思いもある。そして、それ以前に、碧が一体どれほどの絵を描くのか、ということにも純粋に興味があった。


 なので、


「はい。一色(いっしき)先輩と、馬部(うまべ)先輩が良い絵を描くって聞いたので……それも見たくって」


 つまりはそういうことだ。


 実際に、二人の間柄や実力が、学院内でどれくらいの知名度を誇っているのか、俺には分からない。けれど、一度彼方からその話を聞いている以上、身内だけではない、噂話程度には広まりを見せているのは間違いないはずだ。


 それならば、目的を隠す必要はない。嘘をつくにしても、その数は少ない方がいい。流石に「二人の仲を取り持ちたい」とか「二人は絶対レズカップルだと思っている」とかそういった話をするわけにはいかないが、「二人は絵が上手いと聞いたので、興味を持った」くらいは問題ないと思うのだ。

 それに対して育巳が、


「そんなに誇るもんじゃないわよ?どこで聞いたのかは知らないけど」


 と謙遜し、碧が、


「お、知ってるんだ。凄いね。一色は将来有望だよ」


 と誇った。えへんと胸を張っている。なんで碧が自慢げなのかはさっぱり分からない。どうでもいいけど、いい加減服を着たらどうだろうか。育巳にうるさく言われて、渋々といった感じで下着までは来てくれたんだけど、「今日ちょっと暑いからね」という謎の言い訳をして、制服は着てくれないのだ。裸族か。


 育巳がじっとりとした視線を碧に向け、


「その私よりも何倍も有望な人がなにをいいますか」


 大分恨みつらみがこもった視線だ。かわいそうに。きっと碧に期待して進学して、美術部の扉を叩いたんだね。それで出てくるのが“これ”とは思ってもいなかっただろう。


 俺は最初からある程度心構えをしていたおかげで、馬部碧という人間に対する期待のハードルなんて大した高さじゃなかったけど、彼女は相当ハードルが上がりまくった状態だっただろうからなぁ。きっと、現実とのギャップに引っ掛かって、思いっきりすっころんだに違いない。


 当の本人はさらりと、


「ま、それはそれ、これはこれだよ。そんなことよりも」


 横で育巳が「そんなことじゃないでしょ……」と恨み節。うーん、あきらめきれないんだろうなぁ。


「折角可愛い後輩が見学に来てくれたことだし、なんか描こうかな」


「「え!?」」


 あまりに唐突過ぎる展開に、俺と育巳の声が完全にシンクロしてしまった。育巳と俺がチューニングである。


 先に育巳が、


「え、描く……って、先輩が?」


 碧は「なんでそんなことを聞くんだろう」という感じに、


「?そうだよ?」


 続いて俺が、


「え、いいんですか?」


 これにも碧は不思議そうな顔を崩さずに、


「そうだけど?あ、一色も描いた方がいいか」


 それはそうだけど、問題はそこじゃない。


 だって、そうだろう。馬部碧は描かない美術部員じゃなかったのか。俺が聞いた限りではそうだったはずだ。そして、その情報が決して間違っていないことは育巳の反応で確かめられる。間違いない。碧が人前で絵を描くのは珍しいことなんだ。


 再び育巳が、


「なんで……なんで急にそんな、どうして……」


 混乱していた。思考がまとまらないのか、最終的には尻すぼみに声が小さくなっていく。


 そりゃそうだろう。今まで自分がどんなに「描け」と言っても描かなかった人間が、見知らぬ後輩が見学に来ただけで、ずっと置いたままになっていた筆を取ろうというんだ。


 今まで自分がやってきたことは一体何だったのか。どうして今になって描こうという気になったのか。その意図は?きっと様々な考えが現れては消えているに違いない。


 そして、それは俺からしても同じことだ。


 今まで、碧はずっと絵を描いてきていないはずなのだ。それは間違いない。


 出会ってからの、碧の言動を考えれば「気まぐれ」の一言で片づけられる可能性も有るし、ただ単純に「部員が確保できるかもしれないから、久しぶりにやる気を出した」だけかもしれない。


 一年の間一度も連載しない週刊漫画家だって、何かを思い出したように毎週連載し続ける時期があったりするものだし、もしかしたらその程度の話なのかもしれない。


 クリエイターの思い付きなんて得てしてそんなもの。ましてや相手が天才ならばなおさらだ。そう片づけるのは簡単だ。


 簡単だけども、本当にそうなのだろうか。もし、この突然の翻意にもきちんとした理由があったとしたら?そこには今まで描いてこなかった意味も内包されているんじゃないのか?


 分からない。


 思考がまとまらないのは俺も同じだった。


 そんな翻弄され続ける二人をよそに、碧は、


「簡単なのがいいから……デッサンにしようか。ヌードデッサン。モデルは、君だ!」


 ずびし!という音が聞こえそうなくらいの勢いで突き出された人差し指の先には、


「…………え、私?」


 笹木(ささき)(はな)こと、俺がいた。え、マジ?

次回更新は明日(9/19)の0時です。

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