10.この後華は暫く固まったままだった。
「あの…………」
と、いうわけでアプローチ。今度は「気になったから勇気を出して声をかけた、か弱い女子生徒A」っぽくなったんじゃないだろうか。
美咲は振り向いて、
「えっと……どなたでしょうか?」
まあそうなるよね。こっちからしてみればどなたもクソもないんだけど、彼女からしてみれば俺は全く知らない相手に違いない。一応ここの生徒だってことは分かるだろうから最大レベルではないだろうけど、結構警戒されている雰囲気だ。まずはこれをとかないといけない。
「あ、ごめんなさい……私、笹木華っていいます。あの、盗み聞きするつもりはなかったんですけど、トラって聞こえたので……もしかしてなんですけど……九条さんの、お友達、ですか?」
美咲はかなり驚いた表情を見せ、
「そ、そうですけど。あの、トラ……九条を知ってるんですか?」
別に言い直さなくてもいいのに。照れちゃって。もっと愛情たっぷりトラってお呼び。
「知ってるというか……クラスが同じで、席が隣同士なんですよね」
「そう、なんですね」
おっと、大分揺らいでいる。
さっきまでの独り言を聞いている限りだと、恐らく彼女は虎子のことを探しているのだろう。落ち込んでいる感じからしても「朝は言いすぎちゃったから、謝りたい」というところだろうか。
やっぱり予想通りだ。彼女は別にキスそのものを嫌がったわけじゃない。もっとムードのあるところで、「美咲、今日は一段と綺麗だね」「そ、そんなこと」「そんなに綺麗だと、悪い人に奪われちゃうかもしれないね」「奪われるって、な、なにを」「きまってるじゃないか。唇をさ」とかいう会話の後に、ちょっと強引に壁ドンされながら奪われたかったんだろう。いいなぁ。なんていじらしいんだ。その願望はぜひともかなえてあげたいなぁ。
でも、虎子多分肝心なところでヘタレだと思うから、きっとそういうかっこいい形にはならないと思うよ。最終的にはしびれを切らした美咲が唇を奪って、その事実が急に恥ずかしくなって口元を抑えながら赤面してそっぽを向くんでしょ。むっつりだなぁ。むっつりすけべだなぁ。黒髪ロングの清楚っぽい子は大体むっつりなんだよ(※華調べ)。
と、まあそんなシチュエーションを作り出すにはまず仲直りをしてもらわないといけないわけであって、そうなると、虎子と美咲を会わせることが必要になってくる。ただ、虎子の行先なんて知る方法は流石に、
「いや、ある」
「ど、どうかしましたか?」
おっといけない。たまに声に出てしまうのはなんとかしないとな。
ただ、虎子の居場所。それなら分かるんじゃないか。既に定点観測器が飛んで行って久しい。アテナのよこしたものだから、その性能は若干疑わしいと言えばその通りなんだけど、流石に居場所くらいは分かるんじゃないだろうか。
ただ、それを確認するすべは、
『ポーン。目標発見。映像ヲ転送シマス』
「わっ」
瞬間。
なんとも形容しがたいことが起こった。
なんといえばいいのだろう。マルチディスプレイとでもいうべきだろうか。今、俺の眼前には美咲の怪訝そうな顔と、虎子の視界と思われる風景が映っていた。これは……廊下?
遅れて音声も届く。
『ったく……どこいったんだ美咲のやつ……電話しても出ないし。きっとあれだな。家に置いてきたな』
電話。
考えてみれば当たり前だ。昭和じゃないんだ。今のご時世、ガラケーでもなんでも通話できるアイテムを一人一台持っているのは当然のことだ。そして、幼馴染の番号が入っていないわけがない。
「あの、牛島さん」
「な、なあに?」
「電話っていうのは……」
美咲は首を横に振り、
「おいてきたの。授業もないからいいかなって」
なんてこった。
携帯を携帯しないタイプの人か。ただ、どうやら虎子もそのあたりはきちんと理解しているようだ。だとすれば、それを織り込んだうえでの行動をとるのではないだろうか。
再び音声が脳内に送り込まれてくる。
『うーん……美咲が行きそうなところは大体見たけどなぁ……教室にもいなかったし、図書館にもいなかったし、中庭も違うとなると後どこだぁ……?もう一回教室に戻ってみるか?』
どうやら、かなり色んなとところを回ったようで、お手上げ状態らしい。向こうが歩き回っている以上、美咲も歩き回るのはかなり危険だ。ただ、今回に限っては、
「あの、教室に戻ってみるっていうのはどうでしょうか?」
「教室、ですか?」
「ええ。携帯に電話しても出ないとなると、九条さんは、牛島さんの居そうな場所を探しているかもしれないと思って」
「それで、教室ってこと?」
「一番可能性があるところってそこかなぁって……ごめんなさい、ただの勘ですけど」
嘘だ。
情報を元にした、しっかりとした予測だ。
だけど、その情報源を彼女にいう訳にはいかない。もし言ったとしても信じてはもらえないだろうが。
美咲はそれでも戸惑って、
「でも……行き違いになって、トラが先に帰っちゃうかもしれないし……」
なるほどね。だからここで右往左往してたのか。ここならワンチャン、帰路につこうとする虎子を捕まえられる。良い判断ではあるけど、相手が自分のことを探し回ってる可能性を考慮していない。もっと彼女のことを信じてあげて欲しいなぁ。あ、彼女じゃないのか。
ただ、それなら話は簡単だ。
「あ、それだったら、私がここにいましょうか?」
「え、そんな、悪いですよ」
「いいですいいです。それくらい。乗りかかった船ですから」
訳:ここには来ねえし、教室に向かってるっぽいからさっさと行け。
が、そんな訳は美咲に届くわけもなく、額面通りの受け取り方をした彼女は、
「ありがとうございます。それじゃ、ちょっと行ってきますね。少しして帰ってこなかったら、先に帰っちゃっていいですから」
そんな、「一日のうちに帰ってこなかったら死んだと思ってくれ」みたいに言わなくても……
ただ、取り合えず決心はついたみたいで、美咲は既に履き替えていた靴を脱ぎ、上履きに履き替えて、
「それじゃ、行ってきます」
「はい。会えると良いですね」
訳:仲直りしてそのまま百合カップルになってくれたらもっといいですね。
と、まあ、そんな内容も聞こえるわけがない美咲は足早に校舎の中へと消えていった。
そうなれば俺のすることなど一つである。適度な物陰に移動して、意識を「定点観測器」の方に集中する。どうやら虎子は特別棟の方までいっていたようで、時間がかかっている。
「お」
やがて、たどり着いた一つの教室で、佇んでいる美咲の姿を発見する。
「これって視点弄れないのかな……」
今のままでも決して悪くはない。悪くはないのだが、現在の視点は虎子の見ている映像だ。従って、美咲の姿しか見えないのだ。別に美咲が悪いわけではないのだが、俺が見たいのは二人がいちゃこらする映像なのだ。これだと、その欲求は半分くらいしか達せられない。
(視点変えて。二人を俯瞰する感じに)
物の試しで念じてみる。すると、ワンテンポ遅れて、
『ポーン。視点ヲ俯瞰モードニ移行シマス』
とだけ音声が流れ、映像が虎子と美咲、二人を映すものになった。こういうのでいいんだよ、こういうので。
『と、トラ』
『なんだ……ここにいたのか』
『な、なんだって何よ』
あー、これはいけません。
なんでそこでツンツンしちゃうかなぁ。仲直りしにいってるんだから、そういう時くらい甘々な態度を見せるんだよ。百合舐めてるのか。いや、いいのか。むしろそれくらいツンツンしてるほうが美味しいという説も、
『探したんだぞ。携帯にかけても出ないし』
『し、しかたないでしょ。今日は授業もないし、要らないかなと思っておいてきたのよ』
思いっきり顔をそむける。
あ、これあれだ。要らないと思って持ってきてないんじゃなくって、電話で呼び出されないようにわざとおいてきたんだわ。で、後になって後悔して、連絡できないから下駄箱で待ち伏せるなんて方法に出たんだわ。かぁー!いじらしい!でも、それがいい。
『携帯なんだから携帯してっていっつもいってるじゃん。全く……』
沈黙。
関係ない話で繋げるのは多分ここまでだ。これ以降は朝の出来事について踏み込まないといけないはずだ。
虎子が、
『朝は、ごめんな。なんか。寝ぼけてたとはいえ、突然あんなことして』
『べ、別に。悪気があったわけじゃないんだから、いいわよ』
思いっきり顔を赤くする美咲。いいなぁ。もっとやれ。
虎子が頭を下げて。
『それでもごめん。お詫びといっちゃなんだけど、行きたいって言ってたレストランあるだろ?あそこ、一緒にいこうぜ?奢るから、ね?』
お、それもう切り出すんだ。なかなか大胆だな。ネコのくせに(※華の勝手な解釈です)。
『…………私も、ごめん。なんか、いろいろ、酷いこといっちゃって。奢らなくていいから、一緒にいこ?』
うつむいて、ちょっと恥ずかし気にする美咲。
なお、既に華の思考回路は役に立たなくなっておりますので、ここからは天の声がお届けします。
虎子はにかっと笑って、
『分かった。んじゃ、仲直りってことで』
手を差し出す。美咲もおずおずと手を出す。そんな彼女の手を虎子はがっちりと掴んでぶんぶんと振りまわす。笑顔の虎子。恥ずかしそうな美咲。そして、アルカイックスマイルで燃え尽きたようになっている華。三者三様の放課後が過ぎ去っていくのだった。
次回更新は明日(8/31)の0時です。




