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第35話 シェリルとギルバートの視察(8)

 その瞬間、エヴェラルド様が露骨に狼狽えた。だからこそ、私はエヴェラルド様を強くにらみつける。


「あの子のこと、何もわかっていないくせにわかったような口を利かないで――!」


 エヴェラルド様はエリカの表面しか見ていない。むしろ、あの子に近づいていた人間は皆が皆そうだったのだろう。


 落ちぶれた侯爵家の令嬢。強い魔力を持つ令嬢。表面上は優しく、可愛らしい女の子。


 きっと、周囲はエリカのことをそう思っていた。……あの子の心のことなんて、誰一人として考えなかった。


 ……私も、一緒。


(そうよ。私もエヴェラルド様を責められるような立場じゃない……)


 私は自分の身を守ることに必死で、エリカのことは二の次だった。エリカのことを守ってあげなくちゃ。そう、思わなきゃいけなかったのに。


(私は、エリカの『お姉様』なのに――!)


 昔は泣き虫で、泣いてばかりで。私のことをちょこちょこと追いかけてきて。そんな彼女の心を壊したのは――私も、一緒。


「お前みたいな女に、説教される筋合いはないんだよ!」


 私の表情が曇ったのを見てか、エヴェラルド様はそうおっしゃると――私の顔を思いきりひっぱたいてくる。……幸いだったのは、グーで殴られなかったことだろうか。男性の力で殴られてしまえば、ひとたまりもない。


「お前だってエリカのこと何もわかっていないじゃないか!」


 その言葉に、私の心がずきんと痛む。


 下唇をかみしめて、私はうつむく。……あの子は、私に助けを求めてくれた。私だって、あの子の力になりたい。その気持ちに嘘偽りはないし、あの子が怯えているのも真実で――……。


(もう、何が何だかわからない……)


 様々な要因が絡まって、私の頭が混乱してしまう。


 もしかしたら、エリカはエヴェラルド様と一緒にいた方が幸せなのかも……という気持ちさえ、芽生えてしまう。あぁ、ダメね。あの子が嫌がっている以上、それはないというのに。


「……エリカは、何処だ?」


 私の胸倉を思いきり掴み、エヴェラルド様がそう問いかけてくる。後ろではターラさんの悲鳴が聞こえてくるけれど、私はそちらに視線を向けることはなかった。視線を向けてしまえば、彼女たちに被害が及んでしまうかもしれないから。


「……なぁ、答えろって。答えろ、答えろ!」


 胸倉をつかんだまま身体を揺らされて、気分が悪くなってしまう。元々体調があまりよくなかったうえにこの行為は、私の体力を確実に奪っていく。


(……気持ち悪い)


 そう思って眉を顰めるのに、エヴェラルド様は気が付かない。……こんなことしたって、エリカは貴方のものにならない。そう言えればいいのに、気持ち悪くて口からは言葉が出てこない。


 いっそ、気絶してしまった方が楽なのかも――そう、思ってしまった時だった。


「……シェリル!」


 後ろから、名前を呼ばれてエヴェラルド様が吹き飛んでいく。そのまま力いっぱい抱きしめられた。……そのたくましい腕に縋れば、その腕の持ち主――ギルバート様は私に「大丈夫か⁉」と慌てたように声をかけてくださった。


「……だい、じょうぶ、です」


 本音を言うとこれっぽっちも大丈夫ではない。けれど、心配をかけたくなくてそう答えた。……まぁ、先ほど食べたものが逆流しそうなほどに気持ちが悪いのだけれど。


「遅れて、悪かった。……まさか、こんなことになっているなんて思わなくてな……」

「……そりゃ、そうです」


 ギルバート様がご自分を責められているので、私はゆるゆると首を横に振ってそう言う。それに、ああなってしまったのは私が自分のことを棚に上げてエヴェラルド様に説教をしようとしたから。……いわば、自業自得なのだ。


「……あの男は」

「エヴェラルド様。……まぁ、私とエリカの幼馴染です」


 そう説明すれば、ギルバート様は「あの男が、エリカ嬢のストーカーだな」とゆっくりと零されていた。……お話が早くて、本当に助かる。


「……お前、は」


 吹き飛ばされたエヴェラルド様が立ちあがって、そう零される。というか、あれだけ吹き飛ばされて無傷なのがすごい。


 一瞬そう思ったけれど、多分ギルバート様は手加減されたのだ。だから、ある意味それで当然。


「悪いな。俺の婚約者に手を出そうとした不届き者がいたから、ついついぶっ飛ばしてしまった」


 全く悪びれた様子もなく、ギルバート様がエヴェラルド様にそう声をかけられる。


 ギルバート様はまるで私のことを守るとばかりに私の身体を力いっぱい抱きしめてくださっていた。この体温が、心地いい。


「……エヴェラルド、だったな」

「……それがどうした」

「俺の婚約者を侮辱したり、手を出すことは俺が許さない。……覚えておけ」


 地を這うような低い声でギルバート様がそうおっしゃると、エヴェラルド様が怯んでいた。……怒りに満ちたギルバート様、相当なオーラを持っていらっしゃるもの。怯えるのもある意味、仕方がないのかも。


「クソッ。その女にたぶらかされたのか……」


 エヴェラルド様はボソッとそう呟かれる。……別に、たぶらかしたわけじゃない。だって、私たち両想いだもの。そう言おうかと思ったけれど、ギルバート様が「俺は、シェリルを心の底から愛している」と宣言された所為で、何も言えなくなってしまった。

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