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第32話 シェリルとギルバートの視察(5)

 ターラさんとティナちゃんを待って、私はソフィちゃんに手を引かれて歩いていく。ソフィちゃんは目をキラキラとさせながら私に声をかけてくれた。それに、私は笑みを浮かべて頷く。


 初めの頃はターラさんもひやひやとしていたようだけれど、私が笑みを崩さないためかほっと息を吐いていた。……確かに貴族の中には平民の子供を嫌う者も一定数居るものね。そう思うと、仕方がないのかも。


「ここ、ソフィのお気に入りの場所なの!」


 そして、私がソフィちゃんに連れてこられたのは……いかにもな飲食店。店の前には旗が立っており、そこには「本日のおすすめ!」と書いてあった。どうやら、飲食店で間違いないらしい。


「ターラさん。こちらは、どういうお店ですか?」


 一応大人の説明も必要だと思ってターラさんに声をかければ、彼女は「パンが有名なカフェです」と肩をすくめながら言う。


 お店の前には行列ができており、相当な人気店だとわかる。……カフェ、か。少し、入ってみたいかも。


(だけど、さすがにこの行列に並ぶわけには……)


 今日の目的は視察なのだ。カフェだけで時間を潰してしまうわけにはいかない。


 そう思って私が落胆していれば、ターラさんは「お持ち帰りもありますよ」と声をかけてくれた。


「あちらの入り口は、店内飲食をされない方が使用するものです。あちらならば、すぐに買えますよ」


 どうやら、ターラさんは私がこのお店に興味を持っているということに気が付いてくれていたらしい。それに感謝しながら、私は「じゃあ、お持ち帰りしますね」と言ってターラさんに案内された通りに別の入口へと向かう。


 お店の中に入れば、ちりんとベルが鳴る。その音を聞いてお店の奥から「いらっしゃいませ~」と若い女の子が顔をのぞかせた。推定年齢は十五歳前後というところだろうか。


「あぁ、ごめんね。このお方、シェリル様っておっしゃるの。……領主様の婚約者」

「……シェリルと申します」


 ターラさんの紹介に合わせて自己紹介をすれば、女の子は「えぇ!」と驚いたように声を上げる。その後、ぺこりと頭を下げてくれた。


「えぇっと、お初にお目にかかります。こちらの店主の娘です」


 どうやら彼女は緊張しているらしく、何処となくぎこちない笑みを浮かべていた。そのため、私は「おすすめって、何かありますか?」と緊張をほぐすように問いかけてみる。


「……こんな辺鄙な場所のパンなんて」


 彼女がボソッとそう呟いたのが、私の耳に届いた。……確かにノールズは辺境の中でも田舎の方だし、辺鄙な場所だと思っても仕方がないかもしれない。でも、そういう場所にはそういう場所の良さがある。私は少なくともそう思っている。


「私、パンが好きなのです。なので、ぜひともおすすめを教えていただきたいです」


 出来る限り柔和に見える笑みを浮かべてそう言えば、女の子は「……では、こちらにどうぞ」と言ってパンの前に案内してくれる。


「こちらはカスタードクリームを使いました、クリームパンというものです。今、王都で流行っているもので……」


 しかし、彼女はパンのことになると饒舌に話してくれた。その言葉の節々からこのお店のパンに誇りを持っているということが伝わってくる。あと、彼女はパンが大好きなのだろう。それも、容易に想像がついた。


「……貴女は、パンが好きなのですね」


 ある程度の説明を聞き終えた後、私は彼女にそう声をかけた。すると、彼女は大きく目を見開いたものの、すぐに頬を染めて「……まぁ、そうですね」と言ってくれる。


「私、パンが好きです。このお店のパンも、好きです。……父と母が丹精込めて作っているパンが、大好きです」

「……そう」

「でも、ここってほら、辺鄙な田舎ですから。あまりよさも広まらないと言いますか……。あぁ、このノールズの人たちに不満があるわけではないのです。ただ、もっと他の人にも食べてほしいって、言いますか……」


 彼女は肩をすくめてそんなことを語ってくれた。


 ここは巨大な街とは違って観光客もほとんど訪れない。そうなれば、なかなか大勢の人に食べてもらうということは難しいのだろうな。


(……期間限定で大きな街に出店とか……出来たらいいのだけれど)


 そう思っても、その費用がないのだろう。


 そんなことを思いながら私がいろいろと考え込んでいれば、彼女は「あ、気にしなくでくださいね」と目の前で手をぶんぶんと横に振る。


「私のちっぽけな夢なんて、領主様の婚約者の方が気にするようなことではありませんから」

「……ですが」

「ただ、いずれは夢持つ若者を応援してくれるシステムなどがあったらいいなぁって、思っています」


 彼女の言葉を聞いて、私は「少し、考えてみますね」という。それから、パンを選ぶことにした。


「これと、これと、あとこれを二つずつもらえますか?」

「……大量ですね」

「ギルバート様と一緒に食べるつもりなので」


 少し照れたようにそう言えば、彼女は「……幸せそうですね」と言ってパンを袋に詰めてくれる。


「……幸せ、なのでしょうね」


 いろいろと悩みもあるけれど、私はここに来てからずっと幸せだ。それは、間違いない。

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