第28話 シェリルとギルバートの視察(1)
「シェリル様、大丈夫ですか……?」
「えぇ、もう大丈夫よ」
にっこりと笑って、私のことを心配そうに見つめてくるサイラスさんやクレア、それからマリンに返事をする。
今日は、ギルバート様と共に街を視察する日。昨日私が魔力不足で倒れてしまったため、周囲はひどく心配してくる。けれど、私は視察に行きたかった。いずれこのリスター伯爵家の夫人になるのだから、今のうちにやれることはやっておきたい。
「シェリル様。何かありましたらきちんとお薬を呑んでくださいね」
「えぇ、わかっています。行ってきますね」
見送りの使用人たちに背を向けて、私はリスター家の馬車に乗り込んだ。
その後、ギルバート様も馬車に乗り込まれて、馬車はゆっくりと走り出す。
今日向かう街は田舎の方にあり、そこそこ遠いということ。なので、朝食を食べてすぐに出発している。エリカにはきちんとお話しているし、何かがあればマリンもついてくれている。だから、大丈夫……だと、思いたい。
「今日はノールズの方に行く。農業が盛んで、観光地ではないが景色はいいぞ」
「そうなのですね」
ギルバート様のそのお言葉にうなずきながら、私はただ馬車に揺られる。馬車に揺られていれば、ギルバート様と少しだけ肩が触れ合った。たったそれだけなのに、私の心臓は大きく音を鳴らす。なんというか、ドキドキが収まらない。
そんな私の気持ちなど知りもしないのだろう、ギルバート様は要望書に目を通されていた。その横顔もとても素敵で……なんというか、本当に私って恋しているのだなぁって、思ってしまう。
「私も、見てもよろしいですか?」
何か役に立てるのならば。そう思ってそう問いかければ、ギルバート様は「見ても、面白いものじゃないけれどな」とおっしゃって、私に読み終わった要望書のいくつかを手渡してくださる。
その要望書に目を通していけば、書いてあるのは様々なこと。建物や交通機関の修繕の依頼や、税についてのお話。さらには、農業についての相談など。いろいろと書いてあるけれど、私にはどうすることもできないことばかり。……こういうのは、当主様のお仕事だもの。
「……私、何もできませんね」
思わず要望書に目を通しながらそう零せば、ギルバート様は「……いろいろと、頑張ってくれているだろ」と言葉をくださった。
「俺は社交が苦手だから、結婚したら社交はシェリルに任せっぱなしになると思う。それに、使用人を束ねるのも任せてしまうだろうな」
確かに、使用人を束ねるのは夫人の仕事だった。お義母様もよく使用人を束ねていたもの。とはいっても、大したことはされていなかったと思う。そもそもお義母様、あんまり使用人たちに好かれていなかったし。
「だから、シェリルが気に病む必要はない。適材適所っていうやつだ」
「……はい」
ギルバート様は、私のことをとてもよく分かってくださっている。だから、なんだかんだと言っても任せてくださるのだろう。私が何もしないことを苦手としていることも、このお方にはお見通しなのだ。
そんな風にギルバート様と会話をしていれば、馬車がガタガタと大きな音を立てて揺れ出す。どうやら、あまり整備の行き届いていない道を通り始めたらしい。田舎の方に向かうので、ある意味当たり前なこと。でも、ギルバート様は「……ここら辺も、整備しなくちゃな」とボソッとこぼされていた。
「ところで、シェリル」
「はい」
「身体の方は、大丈夫か?」
……言っちゃあなんだが、ギルバート様のこの問いかけは本日十一度目である。朝食の時から、ずっとずーっと同じことを質問されている。けれど、心配されるのは素直に……嬉しい。使用人たちも、とても私のことを心配してくれるもの。
「大丈夫ですよ。いざとなればお薬もありますし」
「だが……」
「ギルバート様」
あまりにも引いてくださらないギルバート様に対して、私は顔を見上げながら「私とお出かけ、嫌ですか?」と問う。
「私とのお出かけが嫌ならば、言ってください」
我ながらどれだけ女々しい言葉なのだろうか。そう思ったけれど、ギルバート様はその言葉に気を悪くされた様子はなく「俺は、シェリルと出かけたいが……」とおっしゃる。その表情は、何処となく頼りなさげだった。
「では、構いませんよね。それに、いざとなったらギルバート様が助けてくださいます」
まっすぐにその目を見てそう言えば、ギルバート様は「……そうだな」と返事をくださって、口元を緩められた。その表情がとても魅力的で、やっぱり私の胸にきゅんとしたものが走ってくる。……このお方、可愛らしい性格をされているのよね。
「私も、ギルバート様とのお出かけ楽しみでしたから」
少し視線を逸らして、おまけとばかりにそう言えば、ギルバート様は「そ、そうか」と何処となく嬉しそうな声を出される。……やっぱり、可愛らしい。私よりもずっと、可愛らしいお方だ。
(なんて言ったら、怒られちゃうけれど)
心の中でそう付け足して、私は照れたような表情をされるギルバート様に笑みを向けていた。