第27話 『代償』
「シェリル⁉」
ギルバート様の驚いたようなお声が、聞こえてくる。けれど、私はその声に反応することもできずにソファーの上に倒れこんでしまった。
……何故だろうか。身体が上手く動いてくれない。それどころか、力さえ入らない。
「シェリル様。失礼いたします」
そんな私を見て、ロザリア様が瞬時に動いてくださった。彼女は軽く私の身体に触れ、何かの呪文を唱える。その間にも私の意識は徐々に遠のいていく。……身体から血の気が引くような感覚だった。
「ぅぁ」
何とか大丈夫だと声を上げようにも、ろくな声が上げられない。手を動かそうにも、動かない。ただ、聴覚だけはまだはっきりとしていたらしく、周囲の人たちの慌てたような声だけはしっかりと聞こえてきた。
「……ロザリア嬢」
「簡単に言えば、魔力が尽きかけております。……多分、力の代償かと」
ロザリア様はそうおっしゃると、私の身体を仰向けに戻してくださる。その後、自身の胸元から何かの瓶を取り出され、その中に入っていたのか錠剤を取り出された。
「シェリル様。応急処置用の魔力補充剤です。……呑めますか?」
そう問いかけられたので、私は力を振り絞ってうなずく。そうすれば、ロザリア様はギルバート様に指示を出されて、私の身体を少しだけ起こしてくださった。それから、私の口元に錠剤を入れて水を注いでくれる。
「大丈夫ですよ。……不安かもしれませんが、大丈夫ですから」
私の不安を読み取ってか、ロザリア様はそう声をかけてくださった。ロザリア様のその声が、とてもありがたい。背中に当てられたギルバート様の手は震えていて、私も辛くなってしまったから。
「シェリル様、聞こえますか?」
私の手を握って、ロザリア様はそう尋ねてこられた。なので、私はもう一度うなずく。意識は徐々にはっきりとしてきたし、聴覚だけは先ほどからしっかりとしているので問題ない。視界は、少し歪んでいるけれど。
「軽く説明させていただきますので、聞いていてくださいませ」
ロザリア様はそんな前置きをされると、私が倒れてしまった原因についてお話され始めた。とはいっても、予想出来ていたことではあったのだけれど。
「シェリル様が倒れたのは、『豊穣の巫女』である代償だと思われます。簡単に言えば、土の魔力が弱り始めている、ということかと」
「……ですが、枯渇するのは時期的にまだ早く……」
サイラスさんのその言葉は、間違いない。それに、エリカに奪われていた魔力は私の体内に戻ってきている。それはつまり、そうそう倒れたりしないということなのだ。
「はい。そう思ったので、私もかなり昔の文献まで漁ってきました。すると、大体八百年ほど前に、同じようなことがあったようなのです。……そして、その時の魔力の枯渇は今までの比ではなかったそうです」
ロザリア様は凛とした声でそうおっしゃる。ロザリア様は王国が認めた魔法使いなので、一般人では立ち入れない資料庫などにも立ち入れる。多分、そこで調べてくださったのだろう。
「つまり、もしかしたら最悪の事態が起ころうとしているかも……ということです」
最後に、ロザリア様はそんなお言葉で締めくくった。
もしも、その八百年ほど前の状態と同じようなことになってしまえば。……私は、無事でいられるのだろうか。そんな一抹の不安が、脳内によぎる。
「……その場合、シェリルはどうなる」
「無事である保証はありません」
ギルバート様の問いかけに、ロザリア様は震える声で答えていた。その声が今にも泣きだしそうだったので、私の心にも暗雲が立ち込めていく。私のことを支えてくださるギルバート様の手が、さらに震えていた。
「ただ、対処法はいくつか見つかりました。……なので、そちらに頼るしかない、かと」
「……そうか」
そんな風に会話をしていると、徐々に私の身体に力が戻ってくる。先ほどロザリア様が呑ませてくださったお薬のおかげだろう。
「シェリル様。今後もこういうことが起こるかもしれませんので、魔力補充剤をお渡ししておきますね」
「……あり、がとうございます」
「いえ、苦しくなったら呑んでくださいませ。私の方は、追加の発注をしておきますので」
ロザリア様がにっこりと笑われたのは、多分私に余計な不安をかけないためだったのだろうな。それだけは容易に想像が出来た。
「……妹様のことも心配でしょうが、今はご自分の身体の方が大切です。ご自分が無事でないと、妹様を助けることもできませんよ」
最後に、ロザリア様はそう声をかけてくださった。それは、私に無茶をするなと遠回しに伝えている……ということなのだろう。
「……はい」
「妹様に何かがあったら、私の方でも対処しますので。……大丈夫ですからね」
私の頭をなでながら、ロザリア様がそう声をかけてくださる。その手の感触が心地よくて、私はゆっくりと目を瞑った。そして、そのまま眠りに落ちてしまった。多分、体内の魔力に相当負担がかかっていたのだと、思う。