第25話 舐めない方が、いいですよ?
それから、私はロザリア様をエリカの元に案内した。扉を開けると、何処となく禍々しい空気に私は眉をひそめてしまう。しかし、ロザリア様はこういう空気に慣れているのか、すたすたと歩きエリカの横になる寝台に近づいていった。
「……ふむ」
その後、ロザリア様はそんな声を零す。そして、私のことを手招きしてくれた。
「……そ、その」
ロザリア様のお隣に立ち、エリカの顔を覗き込む。少しずつ顔色が悪くなっているように見えるのは、気のせいではないと思う。その表情は歪んでおり、悪夢でも見ているのかもしれない。そう思うと、私の胸がぎゅっと締めつけられたような気がした。
「……ぃ、や」
エリカの唇が動き、小さく紡いだのはそんな言葉。その言葉に胸を締めつけられていれば、ロザリア様はエリカの顔に手をかざし、何やら不思議な呪文を唱えていく。
すると、エリカの顔の周りに温かい光が降り注ぎ、きらきらとした光の粒が飛び散っていく。それらは、エリカの身体に吸い込まれていくようで。とても、幻想的な光景だった。
その光景を私が呆然と見つめていると、エリカの目がゆっくりと開く。その目は何処となく潤んでいるけれど、焦点ははっきりとしている。それにホッと息を突けば、エリカは「……お義姉様?」と私のことを呼んでくれた。
「……エリカ、大丈夫?」
ゆっくりとそう問いかければ、エリカはこくんと首を縦に振ってくれた。……よかった。そう思って私が胸を撫でおろしていれば、不意にロザリア様は「……この呪いは、男性がかけていますね」とボソッと零されていて。
「そんなこと、分かるのですね」
「まぁ、私はこの道のプロなので。いろいろと術者の情報を得ましたから、あとでギルバート様に報告しておきます」
ロザリア様のそのお言葉に、私はすぐに頷いた。けれど、私も何かがしたかったのかもしれない。私ごときに何が出来るのだ、と言われてしまうかもしれない。だけど、私はエリカの異母姉なのだ。エリカのことを傷つける人は許せないし、それがたとえお父様やお義母様だったとしても、容赦するつもりはない。
「あの、ロザリア様」
そう思ったら、いてもたってもいられなくて。私は踵を返そうとするロザリア様の服の袖を掴み、彼女のことを引き留めていた。ロザリア様のその目が、私のことを射貫く。一体、何の用件なのだと問いかけられているようで、何処となく居心地が悪い。
でも、言わなくちゃ。だって、私も役に立ちたいのだから。
「あの、ロザリア様。……私にもその情報、教えてくださいませんか?」
私の声は、驚くほど震えていた。もしかしたら、その術者が私やエリカの知り合いかもしれないという恐怖心があったから、なのかもしれない。いや、間違いなくそうだ。可能性としてはエリカだけが知っている人かもしれないけど。
「……シェリル様」
「お願いします。私とエリカの共通の知り合いかも、しれないので」
ぎゅっと手のひらを握りしめてそう告げれば、ロザリア様は「……そう、ですね」としばし時間を置いて返事をくれた。
「では、シェリル様。ギルバート様に報告に行きますので、一緒に行きましょうか」
次にそんな言葉を紡いだロザリア様は、清々しいほどの笑顔だった。その笑顔は何処となく怖くて、私が身を震わせる。すると、ロザリア様は「……舐められるの、私大嫌いなんです」とボソッと言葉を零す。
「私がいるのに、こういう風にまじないの類を使って手を出してこられるの、何ていうか不快ですよね」
ただまっすぐに、前を見据えたままロザリア様はそう言う。その後、私に視線を向けながら「……シェリル様も、私のこと舐めない方がいいですよ」と告げてくる。その目は妖しく光っているように見えて、ミステリアスな魅力に、囚われてしまいそうになる。
「夫婦喧嘩をしたからって、ギルバート様のことを呪ったりしない方が、いいですよ」
彼女は、自身の唇に人差し指をあてながら、私にそんな忠告をくれた。……その忠告は、ありがたいような、ありがたくないような。不思議なもの。だって、私はギルバート様と喧嘩をしても、呪ったりすることはないだろうから。……呪いのあれこれ、全く知らないし。
「ご忠告、ありがとうございます。でも、私は呪いやまじないの類を何も知らないので、期待には沿えないと思います」
目を閉じてそう返せば、ロザリア様は「シェリル様って、真面目ですよね~」とけらけらと笑いながら言う。
「今の、ほんの冗談ですよ。そんな真面目に返さなくてもよろしいのに~!」
「そ、そう、ですか?」
「そうですよ。……まぁ、舐めないでほしいっていうのは、本音ですけれどね。じゃあ、行きましょう~!」
ロザリア様はそう言って、歩き出す。なので、私はエリカに「行ってくるわ」と声をかけて、ロザリア様の後に続いた。
(……嫌な予感が、する)
この嫌な予感は、一体何から来ているのか。それは、よくわからない。ただわかるのは――本能が告げているということ。
――狂った愛情が、関係していると。