第23話 幸せの意味
でも、それよりも。エリカが発したその言葉が私は、とても嬉しかった。お父様やお義母様がいた頃じゃ考えられない言葉。……エリカが、なんだかんだ言っても私のことを嫌っていなかったのだと思ったから。
「……あのね、お義姉様」
私と目を合わせて、エリカは笑った。その後「……私、今はすごく幸せよ」とにっこりと笑って告げてくる。
「いろいろと怖いことは多いけれど……でも、こうやってまたお義姉様とお話が出来ることが、私にとってすごく幸せなことなの」
「……エリカ」
「幸せって、いろいろな意味があるのよね。それが、今更ながらに分かったわ」
エリカのその言葉は、なんだか胸にしみわたるような声音を醸し出していた。
「お義姉様、ここに来て幸せだったでしょう? それと一緒。私……今、お義姉様とこうやってお話出来るのが幸せなの。だから、これ以上の幸せは望まないわ」
目を伏せて、エリカはそう言う。……そう。けど、それには納得できないわ。だって、エリカはもっともっと、幸せにならなくちゃいけないもの。あの両親に振り回された十数年を、取り戻すかのように。
「……そう」
だけど、その言葉は口にしなかった。だって、結局エリカが望んでいないのに私が無理強いをすることは出来ない。エリカがもっと幸せになりたいと、自分で思わない限り私はこの気持ちを口にはしない。そう、決めた。
「……そうだわ、エリカ。今度お出掛けをするって言ったわよね?」
「えぇ、そうね」
「何か、欲しいものはある? 買ってくるから」
そういえばもうすぐエリカの誕生日が近いということを思い出して、私はエリカの手を握ってそう問いかけてみた。すると、エリカは一瞬だけ目を見開くけれど、すぐに「……ヘアピンが、欲しいわ」と消え入るような小さな小さな声で言ってくれて。
「……そんなもので、いいの?」
「お義姉様。私、元々物欲は少ない方なのよ。ただ、自分を弱く見せたくなくて、見栄を張っていただけ」
視線を斜め下に向けて、エリカはそんなことを教えてくれた。……そう、なのね。それに納得して、私は「デザインはどんなものが良い?」と続けて問いかける。
その後、私とエリカはしばらくの間ワイワイとお話をした。こうやっていると、普通の姉妹になったみたいで、楽しくて、嬉しくて。ずっと昔に思い描いていた未来にたどり着いたのだと、思えた。
……しかし、着々と近づいてきていたのかもしれない。エリカに忍び寄る影は、エリカの心を蝕み始めていたのかもしれない。……いや、違う。間違いなく、蝕んでいた。
「……あのね、エリカ――」
「っつ!」
私が、エリカに声をかけた時だった。不意に、エリカが頭を苦しそうに押さえ始めて。……それに気が付いて、私は慌ててエリカの背中を撫でた。大丈夫。私は、ここにいるという意味を込めた。……体調が悪いと、心が寂しくなる。それは、私も身をもって知っていたことだから。
「……ぃ、や」
「……エリカ?」
小さく呟かれた「いや」という言葉。それに驚いた私は目を見開き、エリカの名前を呼ぶ。そうすれば、エリカは「いや、いや、いやっ!」と言って首をただひたすら横に振っていた。……どうしたの?
「シェリル様!」
クレアが私のことをエリカから引き離す。マリンはエリカに近づいて、エリカのことを介抱していた。背中をさすり、肩を抱き寄せる。その姿を見ていると、私の心の中に嫌な予感が駆け巡る。
(……何、これ)
何だろうか。言葉に出来ない、不気味さだった。あえて言うのならば……空気中に漂う魔力が、歪な雰囲気に変わり始めている。ゆっくりと空気中を漂う魔力が消え始めているのが、私にも分かった。……これ、もしかして――……。
「……呪いや、まじない……?」
あの時、エリカが私の身体から魔力を奪っていた時。その時に感じた雰囲気と、似たような雰囲気だった。それはつまり、エリカは誰かに呪いかまじないの類をかけられているということなのでは……?
(呪いやまじないの類だったら……確か)
光の魔力があれば、打ち消すことが出来たはず。
でも、生憎私の魔力は土でしかなく、光ではない。……どうする? どうする? 必死に頭を動かして、答えを導きだそうとする。そして、導き出した答えは――……。
(……そうよ、ロザリア様よ)
私の護衛として雇われている魔法使い、ロザリア様を頼るということ。それに限った。