第17話 花嫁修業の日々と異母妹(5)
(……こんなの、絶対におかしいわ)
私はその紙を見つめながらそんなことを思った。……エリカの幼少期の姿が、想像で描かれているのならばまだ分かる。でも、この姿はエリカの幼少期そのもので。想像で、ここまで事細かに描けるわけがない。そう思いながら、私はその紙を封筒の中に押し込んだ。……エリカには、見せたくなかった。
「……シェリル様」
その私の様子を見たからか、マリンは私の顔を覗き込みながら不安そうな表情を浮かべる。だから、私は「……ギルバート様に、ご報告しておくわ」と言ってワンピースのポケットに乱雑にそのお手紙を押し込んだ。
(一方的な好意の押しつけほど、気持ち悪くて迷惑なことはないのよ)
心の中でそう思いながら、私はただ呆然としていた。エリカは、安心しているのかすやすやと眠っている。
……この子のこと、なんとしてでも守らなくちゃ。そんな決意を新たにしながら、私はエリカの手を握る。……ずっと、ずっと無理をしてきたのよね。偽りの姿で固めて、ずっと孤独に耐え続けていたのよね。
……私は、それにもっと早くに気が付くべきだった。イライジャ様を奪ったことも、魔力を奪っていたことも。もしかしたら、それはエリカの「助けて」という悲鳴だったのかもしれない。今ならば、そう思える。私は、この子にきちんと向き合っていなかった。
(誰だって、自分の身が一番可愛いものね。私も、なんだかんだ言ってこの子から目を逸らしていたのよ)
ここに来れて、私は幸せを手に入れた。愛する人も、好きな人も、大切な人たちも出来た。だけど、それはもしかしたらエリカという犠牲の上に成り立っていたのかもしれない。そう思うと、反省しかなくて。
「……ごめんね、エリカ」
ゆっくりと笑顔の寝顔にそう言うけれど、エリカはなにも反応しない。この小さな身体に、どれだけの期待を押し付けられていたのだろうか。負担がのしかかっていたのだろうか。逃げようにも逃げることが出来なくて、中途半端な愛情だけを押し付けられて。そんな生活が、辛かったのは間違いないはずで。
「……シェリル様」
私がじっとエリカの寝顔を見つめていると、不意にマリンが私の側に寄ってきて。その後、マリンはただ慈愛に満ちたような目でエリカのことを見つめていた。
「……この人は、本当はとてもお優しい人ですよ」
そして、そんな言葉を告げてきた。
「エリカ様は、本当はお優しい人です。ただ、理想の自分と必要とされる自分、現実の自分に押しつぶされそうになっていたのだと、思います」
「……そう」
「でも、エリカ様おっしゃっていました。……シェリル様には、感謝していると」
マリンはエリカの頭を撫でながら、そう続ける。それから、マリンはエリカのことを話してくれた。
エリカは、話しかけるとそれとない笑顔を見せてくれると。傲慢でもなく、ただただ大人しい子であると。癇癪を起すことも、ないと。
きっと、それが本当にエリカの姿だったのだろう。……私も、結局この子のことを表面しか見ていなかったということなのよね。本当に、反省するしかない。
「いつか、シェリル様ともう一度仲良くなりたいとも、おっしゃっておりましたよ。……ずっと、ずっとそう夢を見てきたと」
最後に、マリンはそんな言葉で話を締めくくった。
私も、エリカと仲良くなりたい。お父様や継母は違うけれど、それでもエリカだけはやっぱり別なのよ。だって、この子は私の唯一の妹だから。たとえ、半分しか血が繋がっていなかったとしても。
「……私が、エリカのことをなんとしてでも守るわ。ギルバート様だって、サイラスさんだって、きっと分かってくださる」
ギルバート様もサイラスさんも、エリカにあまり好意的ではない。それでも、少しずつその態度も軟化していると思う。少なくとも、ギルバート様はそうだ。……サイラスさんは、王都貴族を嫌っているのでもう少し時間がかかるかもだけれど。
「マリン。私、もうそろそろ行くわね。……次の予定が、あるのよ」
「……かしこまりました」
私のスケジュールは基本的には大雑把だけれど、一部のところのみ分刻みになっている。このリスター伯爵家の当主夫人に相応しいように。ギルバート様の妻に相応しいように。私はたくさんの教育を受けなくてはならない。それを全て、こなさなければならない。
「エリカ。また来るからね。今は、ゆっくりとおやすみなさい」
エリカの頭を軽く撫でて、私は客間を出て行った。もちろん、後ろにはクレアがついて来てくれている。クレアは、いろいろと考えているみたいで。……エリカのことを、少しでも認めてくれるといいのだけれど。
「ねぇ、クレア」
「……あ、どうか、なさいましたか?」
私がクレアに声をかけると、クレアはハッとしたように顔を上げる。そういうこともあり、私は「……ううん、呼んでみただけよ」と言葉を返す。そう、呼んでみただけ。ただ、それだけ。
(そう言えば、もうすぐギルバート様は視察に向かうとおっしゃっていたわね……)
そう言えば。そんなことを思い出して、私は天井を見上げる。……私も、視察について行きたい。ふと、そんなことを思った。