第16話 花嫁修業の日々と異母妹(4)
そして、私とギルバート様はエリカが使っている客間の前まで移動する。移動している間、私とギルバート様は特に言葉を交わすことはなかった。ただ、無言で移動をするだけ。私はエリカのことを考えていたし、多分ギルバート様も別のことを考えていらっしゃったのだと思う。
(……エリカ、大丈夫かしら……?)
疲れもストレスも溜まっていたみたいだし、私に何か力になれることはないだろうか? そう思う気持ちは、確かに本物で。本当に、エリカのことを大切に思っているのだと再認識した。
それから、私が客間の扉をノックしようとした時だった。不意に、ギルバート様が私の耳元で「……エリカ嬢のことで、話があるんだ」と囁かれた。……その囁き声に、私は胸がきゅんとするのを実感した。って、そうじゃないわ。エリカのことよね。そう、エリカのこと。
「……承知、いたしました」
私がどきどきとする胸を押さえながらそう返事をすると、ギルバート様は「夕食後、二人の時間を作ろう」とおっしゃって、私の頭を一度だけ撫でられると立ち去って行かれた。……何よ。ずるいわ。私がギルバート様のことを好いていると知っていて、そんなことをするなんて。
(……本当に、ずるいわ)
赤くなった頬を誤魔化すように押さえた後、私は気持ちを切り替えるために一度だけ咳ばらいをした。その後、客間の扉をノックする。そうすれば、中からマリンの「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「……エリカは、大丈夫?」
だから、私は扉を開けてそう問いかける。そうすれば、マリンは「……今は、眠っていらっしゃいますよ」と少し表情を緩めながら言ってくれた。マリンは、どうやらそこそこエリカと打ち解けた様子だった。甲斐甲斐しく世話を焼いているみたいだし、やっぱりマリンをつけて正解だったと思う。
「……エリカ」
私はエリカの眠る寝台の横にある椅子に腰かけて、エリカのふわふわとした髪を撫でる。あんなにも長かった髪は、今ではバッサリと切られている。エリカは髪の毛を大切にしていた。だから、少し意外だった。
「大丈夫よ。ここにいるうちは、私が何があっても守るから」
エリカの髪の毛を撫でながら私がそう呟けば、エリカはゆっくりと瞼を開いた。それに気が付いて、私は「ごめんね」と静かに謝る。……起こしちゃったものね。
「……ううん」
私の謝罪の言葉を聞いて、エリカは首を横に振る。その後、毛布の中から手を出して、私の手に重ねてきた。そして、彼女はふわりと笑う。
「お義姉様の手、優しい……」
エリカの零したその言葉は、本当にそう思っているようだった。そのため、私もふんわりと笑う。エリカにとって、これが少しでも癒しになっていたら。そう、思えた。
「エリカ。……もう、一人じゃないからね」
そんなエリカを見て、私はそんな言葉を彼女に告げる。ずっと孤独だったエリカ。そんな彼女を、守ってあげなくては。そう思ったのもあるし、お父様やお義母様に任せておけないと思ったのもある。だって、この子はこんなにも傷ついて弱っているのだから。
「うん。……お義姉様、ありがとう」
エリカはそれだけを呟いて、もう一度瞼を閉じた。……ただ、その手は私の手を放すまいとぎゅっと握っていて。そのため、私はもう少しここにいることにした。エリカの安らぎに、なることが出来たらいいのだけれど。
それからしばらくして。私がエリカの髪を撫でていると、不意にマリンが困ったような表情を浮かべて「……あの、シェリル様」と声をかけてきた。それに私が返事をすれば、マリンは「……あの、大変申し上げにくいのですが……」と眉を下げて言う。なにか、あったのかしら?
「……続けて」
「エリカ様に……その、またお手紙が届いておりまして……」
マリンはそう言って、私に一通のお手紙を見せてくれた。そのお手紙を受け取ってひっくり返せば、「愛しのエリカへ」と宛名が書いてある。……これ、エリカのストーカーからのものね。
(……というか、この字の癖……)
なんだろうか。何処かで、見たことがあるような気がする。私はそんなことを思いながら、「ごめんね」とだけ謝って、エリカから手を離してお手紙の封を開けていく。
あまり、人様に宛てられたお手紙を開けるのはよくない。それでも、エリカは読みたくないだろうし……。それに、これが何かの証拠になるかもしれないし。
そう思いながら、私はお手紙の封を開けて中の便箋に綴られた文字を視線で追う。そこには、相変わらずというべきなのかエリカへの愛の言葉が綴られていて。しかも、最後には「キミを貴族に戻してあげるよ」なんて言葉も、綴られていた。
(貴族、か。っていうことは、このお手紙の差出人は貴族なのね)
多分、そういうことなのだろうな。そんなことを考えながら、私は便箋を封筒にしまい込む。でも、封筒の中にまだ何かが入っているような感覚がして、私は封筒をひっくり返してみた。
「……なによ、これ」
封筒の中から零れたものに、私はそんな声を上げることしか出来なかった。だって、封筒の中に入っていた紙にはエリカの姿がたくさん描かれていたのだから。それも、幼少期の姿も。