第15話 花嫁修業の日々と異母妹(3)
「……ギルバート、様」
私がゆっくりとギルバート様のお名前を呼ぶと、ギルバート様は気まずそうに頬を掻いていらっしゃった。だから、私はもう一度手元のデザイン画に視線を落とす。デザインはとても綺麗で、なんというか……若い女性が好みそうなデザインだった。もちろん、私も好きな雰囲気。
「……本当は、もう少し決まってから見せるつもり……だったんだ」
「それは、サプライズということですか?」
ギルバート様の目を見てそう問いかければ、ギルバート様は頷かれる。……嬉し、かった。サプライズとか、そういうことよりも。ギルバート様が、そこまで私のことを想ってくださっていたということが、嬉しかった。
「……シェリルがこれを着ると思ったら、どれも捨てがたくてな」
床に散らばったデザイン画を拾い集めながら、ギルバート様はそうおっしゃる。……私、本当に愛されているんだ。そう思ったら、なんだか……嬉しすぎて涙が出てきてしまいそうだった。最近忙しくされていたのも、こういうことなのだろう。
「シェリル?」
「い、いえ、なんでも、ないです……」
目元を拭っていれば、ギルバート様は慌てふためかれる。なので、私は首を横に振りながらそう言った。嬉しくて、幸せで。あぁ、私ここに来てよかった。そんな気持ちを、再認識する。こんなにも私のことを愛してくださるお方が、私が心の底から好きだって思えるお方が、出来たのだから。
「ギルバート様。……私、これを着てギルバート様のお隣に、並びたい、です」
私はデザイン画を抱きしめて、そう告げた。昔は婚姻にも前向きになれなかった。だけど、今は違う。……ギルバート様のお隣に、並びたい。このウェディングドレスを着て。
そういう意味を込めて私が笑えば、ギルバート様は恐る恐るといった風に私に手を伸ばしてこられる。そのまま、その手が私の目元を拭う。
「……そう言ってもらえて、よかった」
そんなギルバート様のお言葉は、消え入りそうなほどとても小さくて。それでも、ギルバート様が本気でそう思ってくださっているということは、とてもよく伝わってきて。だから、私はまた笑う。その笑みを見たからか、ギルバート様は露骨に視線を彷徨わせていらっしゃった。……やっぱり、不器用なお方。
「シェリル。……その、だな」
そして、ギルバート様がそうおっしゃったときだった。
執務室の扉を誰かが慌ただしくノックした。それに、現実に引き戻される私とギルバート様。……このノックの仕方は、多分サイラスさんね。
「どうした、サイラス」
どうやら、ギルバート様も同じように想っていらっしゃったらしく、扉に向かってそう叫ばれる。そうすれば、扉が開いてサイラスさんが入ってきた。その後「お取込み中、失礼いたします」と言って、一礼をする。
「……エリカ嬢が、どうにも熱を出してしまったようでして……その、どうすればいいかと、思いまして」
サイラスさんは、何処となく視線を彷徨わせながら私にそう言ってくる。……エリカが? そういえば、心ここにあらず状態だったものね。……疲れていたの、かもしれない。
「ギルバート様。私、エリカの様子を見てきます」
「……俺も、部屋の近くまでは行こう」
私の言葉を聞いて、ギルバート様はそう言ってくださる。それから、ギルバート様の手が私の手首を優しく掴んだ。……手を、繋いでくださるの? そう思って私がギルバート様のお顔を見上げれば、ギルバート様は視線を逸らされるだけ。……やっぱり、無理なのかな。
(ううん、今はそれよりもエリカのことよ。……あの子、きっと無理ばっかりしたんだわ)
そう思い直して、私はエリカが使っている客間へと向かうために足を踏み出した。もちろん、ギルバート様と一緒に。そもそも、ギルバート様は私の手首を掴んでいらっしゃるため、一緒に移動するしかない。
「……なぁ、シェリル」
「どうか、なさいましたか?」
不意に声をかけられて、私はそう問いかけた。そうすれば、ギルバート様は「……俺は、エリカ嬢のことを、やっぱり好きにはなれない」とおっしゃる。
「……でもな、分かったこともあるんだ。……エリカ嬢は、本当にシェリルのことを傷つけるつもりは、なさそうだな」
そうおっしゃったギルバート様の声音は、とてもお優しくて。私は、静かに頷いた。あの子は、両親から認められるために私を虐げていた。私よりも上だと示さなければ、あの子には存在意義さえもなかった。
「……私、エリカともう一度仲の良い姉妹になりたい、です。……だから、あの子には生きていてほしい」
ゆっくりとそんな言葉を紡げば、ギルバート様は「……それでこそ、シェリルだな」と言ってくださった。そのため、私はゆっくりと笑みを浮かべる。……そう言っていただけたのが、素直に嬉しかったから。




