第14話 花嫁修業の日々と異母妹(2)
その後、私はクレアに淹れてもらったお茶を持って、ギルバート様の執務室に向かう。ギルバート様は、今の時間帯だとお仕事をされていることが多い。ちょっと休憩的なもので私とお話……は、無理かもしれないけれど、少しでも休んでいただきたい。あまり根詰めて働くと、身体を壊してしまう可能性が高まるもの。
「ギルバート様。……少し、よろしいでしょうか?」
扉を三回ノックして、私は執務室の扉にそう声をかける。そうすれば、中からガタンやらドタンやらの音が聞こえてきた。……慌てられているの? そう思って私が怪訝に思っていれば、中からギルバート様の「は、入れ」という戸惑ったようなお声が聞こえてきた。……私に見られたくないものでも、あったのかな?
「……失礼、いたします」
確かに、誰にだって秘密はある。私だって異性であるギルバート様に見られたくないものが、それなりにある。だから、何かを言うつもりはない。
そう思いながら私は執務室の扉を開けて、お茶を持ってギルバート様の元に向かう。執務室に一歩足を踏み入れれば、なんというか散らかっているのが分かった。……先ほど、慌てられていたものね。
「シェリル、どうした……?」
少し微妙な表情を浮かべられながら、ギルバート様は私にそう問いかけてこられる。そのため、私は「お茶を、差し入れに」と少し俯きがちに言うことしか出来なかった。理由なんて簡単。……やっぱり、隠し事をされるのが、ちょっぴり辛かった。
「そうか。……こっちに、来てくれ」
ギルバート様は、執務室の中にある休憩スペースに私のことを手招きしてくださる。だから、私はお茶を持ってそちらに向かう。クレアも、ついて来てくれている。クレアの顔を見れば、何処となく微妙そうな表情を浮かべていた。
「……あ、あの、私、失礼、いたします」
お茶だけを渡したら、撤退しよう。ギルバート様、やっぱり慌てられているみたいだし……。そう思って私が立ち去ろうとすれば、ギルバート様は「シェリル?」と私の顔を覗き込んで名前を呼んでくださる。……言えるわけがない。だって、言ったら面倒な女だって思われちゃうもの。
「……い、いえ、その、ギルバート様には、関係ない、です」
それは、自分に言い聞かせるような言葉だった。そう、私が勝手にショックを受けているだけ。つまり、ギルバート様には関係ない。そういう意味の言葉だったのに、ギルバート様は露骨に寂しそうなお顔をされる。……そんな表情をされると、胸が痛んでしまう。
「シェリル。俺、何か悪いことをしたか? 確かに、最近一緒にいる時間が少なくなってしまったが……」
ギルバート様は、私の目を見つめながらそうおっしゃる。だけど、その目は何処となく泳いでおり、しっかりと目を合わせてくださらない。……それは、いつものことだけれど。
「そ、その、そういうことじゃ、ないです……」
一緒にいる時間は、確かに少なくなっている。それは真実だけれど、ギルバート様のお仕事が忙しいので無理は言えない。それくらい、分かっている。その点でわがままを言うつもりはないし、喚くつもりもない。
「じゃ、じゃあ、俺のことが、嫌いになったのか……? やっぱり、こんな年上とは婚姻したくないのか?」
……どうして、ギルバート様がそんなことをおっしゃるの? 普通、逆じゃない。ギルバート様が十五歳も年下の私との婚姻を嫌がるはずじゃない。……ギルバート様は、私にはもったいないくらいの素敵なお方だもの。
「……そういうことでも、ない、です」
ちょっと、隠し事をされているということに傷ついただけ。そう言おうかと思ったけれど、やっぱり言えない。私の目は泳ぎ、胸の前で手を握りしめてしまう。クレアが、私たちのことをはらはらとしたような表情で見つめているのが、分かる。……ごめんなさい。心配を、かけて。
「あ、あの、どんなことを言っても、幻滅、しませんか……?」
一応、確認。そのつもりで私がそう問いかければ、ギルバート様は「あぁ」と力強くおっしゃって頷いてくださった。そういうこともあり、私はゆっくりと口を開こうとする。でも、それよりも先に――窓から強い風が吹いてきて、執務室の中を荒らす。その際に、ギルバート様の机の上からなにやら紙のようなものが数枚、こちらに飛んでくる。
「……あ」
それを見て、ギルバート様は露骨に慌て始めた。……この紙が、隠し事の正体なの? そう思って、私は自分に飛んできた紙の一枚を手に取る。こちら側は、白紙。……裏面は?
「……これ」
私の目が、見開かれるのが分かる。それに対して、ギルバート様は頭を抱えられていた。
「……ギルバート、様?」
ゆっくりとギルバート様のお名前を呼べば、ギルバート様は「……その」と零され、気まずそうに視線を逸らされる。……そっか。こういうこと、だったのか。
「……シェリルのために、ウェディングドレスの、発注を、しようと、思ってな……。とりあえず、辺境の方で有名なデザイナーたちに、デザイン画を描いてもらっていて……それで」
そうおっしゃったギルバート様は、露骨に視線を逸らされる。……つまり、ギルバート様は――私に、サプライズをされようとしていた、ということ、よね?




