第13話 花嫁修業の日々と異母妹(1)
「エリカ、身体は大丈夫?」
「……うん」
エリカがリスター家のお屋敷に身を寄せ始めてから、早三日が経った。初めはぎこちなかった使用人たちも、まぁそこそこエリカのことを受け入れてくれているみたいだった。クレアみたいに、まだあんまりな人もいるけれど。
「何かあったら、遠慮なく私に言ってね」
「……うん」
そんな返事をくれて、エリカは客間に戻ってくる。……ギルバート様は、エリカのことを哀れんでくれてはいるみたいだけれど、好意的には見ていらっしゃらない。サイラスさんも、同じ。困っているから追い出さないだけで、滞在はあんまり快く思っていない。昨日、私はそう告げられた。ただ、私がお願いをするから滞在の許可を出しているだけだと。
「シェリル様が気遣っていらっしゃるのに、あのお方は……!」
クレアが、そんな言葉を零す。だから、私は「エリカも、疲れているのよ」とだけ言葉を告げた。エリカはきっと、心も身体もボロボロなのだ。ストーカー被害に悩まされて、まともに働かないお父様とお母様の面倒を見て。そんな生活、なかなか耐えられるものじゃないと思う。
「ですが、シェリル様……!」
「いいのよ。エリカだって、いつかは心を開いてくれるわ」
今は、多分いろいろと顔を合わせにくいだけ。きっと、また昔のような関係にゆっくりとでも戻れるはず。私は、そう思っている。
「ねぇ、クレア。今日のお勉強は、確か辺境についてだったわよね?」
あと一時間で次の授業が始まる。授業とは言っても、花嫁修業と言う言葉の方が正しいのだろうけれど。今日はここら辺の特産品や領地経営の方針などについて学ぶことになっていた。リスター伯爵夫人になるためには、辺境について学ぶ必要があるから。
「そうでございますね。……シェリル様が着々と伯爵夫人に近づいていると思うと、私たち使用人は嬉しいです」
「……褒めすぎよ」
「いえいえ、シェリル様ほど素敵なお方はいませんから」
クレアやマリン、サイラスさんたちはそう言って私のことを褒めてくれる。でも、私はそこまで褒められるような人間じゃないと思っている。それもきっと、虐げられて育ってきたことが原因なのだろうな。……自己肯定感が低いのも、自己評価が低いのも、そういうこと。
「あ、シェリル様。どうせですし、旦那様にお茶でも持っていきますか?」
私がお屋敷の廊下を歩いていると、不意にクレアがそう声をかけてくれる。……その表情はとても楽しそうであり、多分ギルバート様を驚かせたいのだと思う。最近、あまり一緒にいることが出来ていない。というのも、ギルバート様はお仕事などに忙しくされているのだ。特に、エリカが来てから。
「……そうね。ギルバート様と、お話がしたいわ」
クレアの問いかけに私がそう言葉を返すと、クレアは「では、準備をしますね!」と言って笑って歩き出す。多分、お茶の準備をするのだろう。持っていくのは私だけれど、お茶の準備をするのはクレアの役目。……私は、まだ上手くお茶を淹れられないから。いつかは上手くお茶を淹れて、ギルバート様にお出ししたいのだけれど。
(……もうちょっと、頑張らなくちゃね)
まだまだ、私のお茶は及第点と言ったところ……みたいだし。家庭教師の人も不味くはないと思っているけれど、それは裏を返せば美味しくないということでもある。……初めに比べたら、上達したのだろうけれど。
「あっ、シェリル様」
「……サイラスさん、どうしました?」
私がいろいろと考えていると、ふと目の前からサイラスさんがやってきて声をかけてくれた。サイラスさんは周囲を見渡して「クレアは?」と問いかけてくる。そのため、私は「ちょっと、所用でして……」と答えた。
「……マリンがいないと、いろいろと回りませんね」
サイラスさんのその言葉は、正しい。基本的にはスケジュール調整などはマリンがやってくれていた。そして、突っ走りやすいクレアのことを止めてくれていた。今、マリンはエリカについてもらっているから、私の元にはいない。
「そうですね。でも、あの子を一人にしておくことは出来ませんから」
眉を下げて私がそう言えば、サイラスさんは「……お人好し、ですね」なんて零していた。でも、すぐにハッとして「そこが、シェリル様の良いところでもありますが」とフォローしてくれる。……褒められている、のよね?
「シェリル様は、そんなにも彼女が大切なのですか?」
それからしばらくの沈黙を経て、サイラスさんはそう問いかけてきた。なので、私のは「……たった一人の、異母妹ですから」と答えることしか出来なかった。
「あの子は、あの両親の一倍の被害者です。子は親を選べませんから」
苦笑を浮かべながらそう言えば、サイラスさんは「……まぁ、それもそうですね」と納得してくれる。
「……ただし、何かがありましたら遠慮なく申し付けてくださいませ。この家の者はみな、シェリル様の味方なので」
「……ありがとう」
最後のその言葉に、私は笑みを浮かべてお礼を言う。実際、その言葉はとても嬉しいもの。だって――実家にいた頃じゃ、考えられないことだったから。