第11話 異母妹との日々(3)
それから十分後。私たちはパニックになったエリカを一旦客間に連れて行き、寝かせていた。寝台に横になったエリカは、とても可愛らしい寝顔をしていて。……私の手を放すまいと握る手が、とても愛おしかった。……不思議、だった。あんなにも意地悪だった異母妹が、こんな風に私に頼ってくることが。
その後しばらくして、ギルバート様が客間にやってこられる。そして「エリカ嬢は、大丈夫か?」と問いかけてくださった。もちろん、静かな声で。
「はい。少しパニックになっていましたが、今は眠っています」
私はエリカの手を握り返しながら、ギルバート様にそう返事をする。よくよく見れば、エリカはあまり眠れていないのか、目の下に隈があった。……多分、お化粧で隠していたのね。そのお化粧が、泣いたことにより取れてしまった。
「……そうか。俺は、エリカ嬢のことがあまり好きではないが、弱っている女を放り出すことは出来ないな」
ギルバート様はそうおっしゃって、私のすぐ横の椅子に腰かけられる。でも、すぐに「……俺が、エリカ嬢の寝顔を見るわけにはいかないか」なんて零されて、遠くに移動されていた。
「……サイラス。エリカ嬢に届いた荷物は、どんなものだ?」
「真っ赤な箱でございました。ついでに言うのならば、綺麗にラッピングされていたのでプレゼントかと」
サイラスさんはギルバート様の問いかけに、そう答える。プレゼント、か。
「……多分ですが、エリカはストーカー被害に遭っているのだと思います」
私は、エリカの髪を撫でながらそう告げる。エリカの訴えは、多分本当。こんな時にまで嘘をつくような子じゃない。私は、そう信じている。
それに、ストーカーだとすれば納得がいくのだ。エリカの居場所を知っていたことも、エリカがあんなにも怯えていたことも。
「そうか。……エリカ嬢には悪いが、これを開けさせてもらうか」
そうおっしゃったギルバート様は、エリカに宛てられたプレゼントのラッピングを解いていく。私は、それを横目で見つめながらただエリカの頭を撫でていた。……いつだったかな。ずっと昔、私とエリカの仲がまだそこまで悪くなかった頃。私は、こうやってエリカの面倒を見ていた……気が、する。曖昧な記憶だけれど、エリカはその時私に笑顔を向けてくれていた。……私たちの関係を壊したのは、お父様でありお義母様なのだ。
「……中身は、何ですか?」
エリカの頭を撫でながら私がそう問いかければ、ギルバート様は「……多分、ドレスだな」と答えてくださる。
その後、ギルバート様はそのプレゼントの中身を取り出された。……中に入っていたのは、真っ赤なドレス。それも、私が遠目から見ても分かるほど美しい装飾と、生地を使っていた。
「……ドレスを贈られても、相手が見知らぬ奴だったら確かに不気味だろうな。……ドレスを贈るのは、主に婚約者か夫だからな」
ギルバート様はそんなことをおっしゃると、プレゼントの箱の中をひっくり返される。すると、何やら紙切れのようなものが出てきた。それは、よくよく見れば手紙のようであり、ギルバート様は軽く目を通された後、私に見せてくださった。
「……いつもキミを見ているよ、か」
私は、その手紙の文章を口に出してみる。……これ、立派なストーカー、よね。差出人の名前も書いていないし、不気味すぎる。
そんなことを考えていると、不意に私の手が強く握られた。それから聞こえてくる、エリカの小さな声。
「……お義姉、さま」
「……エリカ」
多分、それは寝言だったのだろう。それでも、ぎゅっと握られた手が温かくて。……この子は、ずっと苦しかったのだ。罪悪感に押しつぶされながら、自分を偽った。……それは、両親に認められるため。
「おと、う、さま、わた、し……」
ゆっくりと紡がれる寝言は、とても弱々しくて。この子が、ずっとこのストーカー被害に一人で耐えていたのだと思ったら、胸が張り裂けそうなほど苦しかった。……偽善者だと言われるかもしれない。それでも、私はエリカのことを助けたい。
「……エリカ。大丈夫よ」
ゆっくりと言い聞かせるようにエリカにそう声をかければ、エリカはぎゅっと手を握ってくれた。……お父様もお義母様も、エリカがこんなにも弱っていたのに助けようともされなかったのよね。……やっぱり、お二人のことは嫌いだ。
「シェリル。……悪いが、俺はいろいろと調べてくる。エリカ嬢の側に、いてやってくれ」
「……はい」
「サイラス、行くぞ」
「かしこまりました」
私にそれだけ声をかけてくださったギルバート様は、サイラスさんを連れて客間を出ていかれる。残されたのは、私とクレアとマリン。それから、うなされながらも眠るエリカ。……このまま、この子を一人にすることは得策じゃない。でも、ずっと私が一緒にいてあげることもできないし……。
「……ねぇ、マリン」
「どうなさいましたか、シェリル様」
「マリン。エリカがここにいる間、貴女がこの子のお世話をしてあげられないかしら?」
エリカの側に、誰かがいるべきだ。私はそう思って、マリンにそう告げた。