第8話 気持ち
「……シェリル。どうして、そこまでしてエリカ嬢を助ける」
私が朝食の席に着くと、ギルバート様は真っ先にそんなことを問いかけてこられた。そのため、私は「……あの子のことを、憎んでいないから、です」と答える。しかし、ギルバート様は納得してくださらない。「あんな奴、助ける価値もないだろう」とおっしゃるだけ。……私は、ギルバート様のことをずっとお優しい方だと思ってきた。だけど、辺境貴族というだけはあり、冷酷な部分も持ち合わせていらっしゃるのだろうな。今更ながらに、それを実感する。
「……俺は、俺たちは。シェリルのことを虐げたエリカ嬢を歓迎することはない。それだけは、理解してくれ」
ギルバート様にそう告げられ、私は静かに頷いた。このお屋敷の人たちは、優しい。私のことを想って、行動してくれる。でも、それは裏を返せば私の敵は自分の敵だとみなしてくれるということ。……たとえ、私がエリカのことを憎んでいなかったとしても。
「……ギルバート様」
朝食が運ばれ、食事を始めた頃。私は、ギルバート様のことをまっすぐに見つめて声をかけた。そうすれば、ギルバート様は「どうした」と優しく問いかけてくださる。もう、エリカのお話は終わりなのだろうな。
「……私、お父様とお義母様のこと、嫌いです」
目を伏せながらそう伝えれば、ギルバート様は「……そうか」と言葉を返してくださった。なので、私は続ける。
「けど、エリカは違う。あの子は、あの親の被害者でもあります」
「……そうだとしても、だな」
「あの子は、私よりも優れていると両親に示さないと、立場がなかったのです」
親は子を選べない。その逆も現実。私だって、生まれることならばもっと温かい家庭に生まれたかった。お母様が早くに亡くなられ、お父様とお義母様に虐げられる生活は、決して楽しいものだとは言えなかった。だから、貧乏でも愛される生活が欲しかった。そう、常々思って来た。
「それに、これは私なりの仕返しです」
お水を一口飲んだ後、私はギルバート様にそう告げる。これは、何度も何度も言ったこと。けど、何度も言わなくちゃいけないことだと思っている。
「エリカは、私のことを嫌っています。そんな私に助けられることが、あの子にとってどれだけ屈辱的なことか。……だから、私は彼女を助けます。……もちろん、ギルバート様が認めてくだされば、ですが」
苦笑を浮かべながらそう言えば、ギルバート様は「……そうか」とおっしゃって今度は優しく笑ってくださった。その後「……ならば、シェリルの好きにすると良い」と続けてくださる。
「そもそも、ここで引き下がらないとシェリルに嫌われてしまいそうだからな。……俺は、シェリルに嫌われたら生きていけない」
「……大袈裟、です」
「いや、本気でそう思っている。……シェリルのことが、俺は好きなんだ」
そうおっしゃったギルバート様は、私に対して微笑んでくださった。そのため、私は顔を真っ赤にして俯くことしか出来なくて。……そのお言葉を、真正面から告げられるのは、何処か恥ずかしい。多分、私の顔は真っ赤になっている。
「シェリルと正式に婚姻したら、いろいろとやりたいことがあるんだ。まぁ、一番は二人で旅行に行きたいことだがな」
ギルバート様は、そんなことを告げてこられる。……私も、それには同意。ギルバート様と、二人で旅行に行くの。……きっと、いずれは子供も生まれてくるだろうし。そうなったら、家族で。
「わ、私も、ギルバート様と旅行に……行きたい、です。いつかは、子供も連れて」
私が俯きながらにそう伝えれば、ギルバート様は「……そうか」とおっしゃってくださる。その声音は何処か驚いているような気もして。私が、未来のことを口に出したことが意外だったのかもしれない。
「俺はな、シェリルにそっくりな娘が欲しい。……前に、クレアとマリンに言われてな」
「……なんと、言われたのですか?」
「お嬢様だと俺要素はいらない、と。まぁ、俺もシェリルの生き写しのような娘が欲しいから、それには同意するがな」
優しく笑われながら、ギルバート様は私に未来のことをお話してくださる。……本音を言うと、私が子供を育てられるかどうかは不安だ。親から愛されたことがないため、上手に愛せるかどうかが分からない。それでも……きっと、みんなが助けてくれるだろう。そう、思えた。
「ギルバート様にそっくりでも、とても美形に育つと思いますよ」
「息子だったら、それでも構わないな。だが、俺はシェリルにそっくりの娘が欲しいんだ。……きっと、大層可愛らしいぞ」
そんなことを言い合って、私たちは笑い合った。周囲の使用人たちは「お子様が生まれたら、盛大にお祝いをしましょうね!」と言ってくれる。……子供が出来るのは、きっとまだまだ先だけれど、今の私はきちんと未来を見ることが出来ている。それは――私が、成長した証なのだろうな。多分、だけれど。




