第7話 拒否のち、条件
「……シェリル。何を、言っている」
私の言葉を聞かれたギルバート様の返答は、そんなものだった。その声は何処となく不機嫌であり、エリカに好印象を抱いていないのは一目瞭然だった。そりゃあ、図々しく朝早くから訪ねてきたので、常識知らずだと思われても仕方がないけれど……。でも、エリカが困っているのならば、私は助けてあげたい。
「ギルバート様……。確かに、こんな朝早くから訪ねてきて、怒りを抱かれるのも分かります。でも……」
「そうじゃない」
目を伏せて私がそう言えば、ギルバート様はただ淡々とそう告げられた。その後「シェリルを虐げてきた異母妹だろう? そんな奴、助けるに値しない」と低い声でおっしゃる。……そう、なのね。
「悪いが、帰ってくれ。シェリルを虐げてきた奴と、会話などしたくもない。……よくも、図々しくも顔を見せられたものだな」
ギルバート様はそうおっしゃって、エリカのことを一瞥される。……ギルバート様のお気持ちは、嬉しい。けど、私はエリカのこともある意味の被害者だと思っている。それに、きっと――……。
「ねぇ、エリカ。お父様や、お義母様は?」
嫌な予感がして、私はエリカにそう問いかけてみた。すると、エリカは私から視線を逸らし「……頼りになんて、ならないわよ」とボソッと言葉を零していた。
「お父様は、お酒に溺れてギャンブル三昧よ。お母様は、他の男性の元に出入りしているわ。私のことなんて、お二人とも気に留めない」
エリカは何の感情も抱いていないような声で、そう告げてくる。……そう。大体、予想はしていた。だけど、予想以上に酷い状態だった。なのに、心は痛まない。唯一痛むことがあるとすれば、あんなにも可愛がっていたエリカを守ろうともしないことだろうか。
「……それに、お母様は私を好色だと有名な老人貴族の元に嫁がせようとしたわ。そうすれば、私たちは貴族に戻れるっておっしゃってね。……信じられる? お相手、六十三だっていうのよ?」
そんな言葉を零すエリカは、やけくそにも見えた。だから、私はエリカのことをただ抱きしめた。そんな私の様子を見られたからか、ギルバート様は「……六十三は、さすがにやりすぎだろう」とぼやかれていた。
「……エリカ嬢、だったな」
私がエリカのことを抱きしめていると、ギルバート様は不意にエリカの名前を呼ぶ。その後「……正直、滞在させるのは気が進まない」と続けられた。
「だから、本音を言うと出ていって欲しい。シェリルにとって、悪影響があるかもしれないからな」
ギルバート様がそうおっしゃると、サイラスさんは「そうでございます」とうんうんと頷きながら言う。
「だが、他でもないシェリルの頼みだからな。……条件付きで、滞在を許そう」
しかし、ギルバート様は口元を緩めそうおっしゃった。……条件を付けてでも、滞在を許してくださる。よかった。これで、エリカのことを少しでも守れる。
「……条件って、どういうもの、ですか?」
「一つ目、シェリルのことを傷つけない。二つ目、滞在期間は最長で三ヶ月。この二つだ。これが守れないのならば、追い出すだけだ」
エリカの問いかけに、ギルバート様は淡々とそう答えられた。そうすれば、エリカは「……お義姉様のこと、傷つけるつもりはないわ」と言って、私の目を見てくる。
「だって、私はもうお義姉様を傷つける必要がないもの。平民に落ちた今、お義姉様の足元にも及ばないわけだし。それは、分かっているつもり」
静かにそう続けたエリカに対し、ギルバート様は「傷つけた場合は、即刻出て行ってもらうがな」とだけお言葉を残され、応接間を出ていこうとされる。しかし、最後に一度だけ振り向かれ「シェリル。朝食に行くぞ」といつもの優しい声を私にかけてくださった。なので、私は静かに頷く。
「……お義姉様」
「どうしたの、エリカ?」
私がエリカの声に反応すれば、エリカはぐぅっとお腹を鳴らした。……そう、お腹が空いているのね。なにか、食べられる物を用意しなくちゃ。そう思っていれば、マリンが私たちの方に近づいてきて、「使用人のまかないでよければ、すぐに準備できますが……」と言ってくれた。
「……ありがと。とりあえず、それをいただくわ。貴女、お名前は?」
「……マリン、でございます」
「そう、覚えたわ。……マリン、これからしばらくの間よろしく」
エリカがそう言えば、マリンは「よろしくお願いいたします」と言って頭を下げる。そして、「シェリル様は、旦那様の元へ」と言ってくれたので、私はエリカに「また、後でね」とだけ言葉を残し食堂に向かう。そうすれば、クレアがいつものように私の後ろをついて来てくれる。
「……シェリル様」
「どうしたの、クレア?」
クレアの声に反応すれば、クレアは「……やっぱり、私、あの人のこと許せません」と言葉を告げてきた。
「マリンや旦那様が許しても、私は許せません。あの人の所為で、どれだけシェリル様が辛い目に遭ったか……」
……確かに、クレアの言うことは正しい。それに、私だって確かに辛かった。魔力を奪われて、虐げられる日々。それでも、私にとって――。
「だけど、私にとってあの子だけが妹なの。たとえ、半分しか血が繋がっていなくても、私はあの子の姉だもの」
あの子が、たった一人の妹なのだ。