第5話 異母妹の襲来
「……サイラスさん、どうしたの?」
そんな感情に気が付いていないふりをして、私はサイラスさんにゆっくりと問いかけてみた。すると、サイラスさんは「……シェリル様に、お客様です」といつもの表情で言ってくれる。しかし、その声音には隠しきれていない怒りの感情が籠っていて。
「こんなにも朝早くから、ですか?」
「……えぇ、クレア。まぁ、世にいう招かれざる客という奴ですけれどね」
サイラスさんはそう言って、私に視線を向けてくる。招かれざる、客。もしかして、お父様? それとも、お義母様? その二人だったら、追い返してほしい。だけど、もしも――。
「……お客様は、どなた?」
「エリカ。そう名乗れば、シェリル様ならば分かると言っておりました。若い娘ですよ」
その名前を聞いた時、私の中で胸騒ぎがした。……エリカ。あんなにも嫌いだった、異母妹の名前。なのに、今は少しも憎たらしくない。ただ、あの子も被害者だと思うことが出来たからだろうか。そう思って私が胸の前で手を握りしめていると、クレアが「シェリル様」と声をかけてくれた。
「シェリル様。追い返しましょう。そんな、図々しくもシェリル様の元を訪れるなんて……」
クレアは、私のことを気遣ってそう言ってくれる。でも、私は訪ねてきたのがエリカならば会いたかった。だから、静かに首を横に振る。その行動に、クレアはただ目を丸くしていた。
「私、会うわ。こんなに朝早くから来ているのだもの。きっと、何か急用よ」
「……で、ですが」
私の答えに対して、クレアは渋る。サイラスさんもあまりいい表情をしていない。それでもただ一人、マリンだけは「シェリル様の、仰せのままに」と言ってくれた。だから、ただマリンのことを見つめれば、彼女は静かに頷いてくれた。
「あの子は、外面はとてもよかったの。だから、こんな突拍子もない行動をとるわけがないわ。きっと、何か重要な用件があるのよ」
「……かしこまりました」
「サイラスさん!」
サイラスさんが私の答えに肯定の返事をくれると、クレアはただ不満そうに声を上げていた。クレアの気遣いは、とても嬉しい。でも、私にはあの子に向き合う義務がある。あの子がもしも、今苦労をしているのならば。それ相応に、助けてあげたいという気持ちがあるのだ。上から目線、かもしれないけれど。
「エリカを応接間に通して頂戴。ギルバート様には……」
「私が、行ってまいります」
「お願い、マリン」
私がそう指示を出せば、マリンは颯爽と歩いてギルバート様の待つ食堂に向かっていく。サイラスさんは、エリカのことを応接間に通しに玄関に向かった。残されたのは、私とクレア。クレアは私のことを見て微妙な表情を浮かべる。それはきっと、どうして私がそんな行動をするのかが分からない、と言うことなのだろう。
「……私、エリカのことを助けてあげたいの。困っているのならば、それ相応に力を貸してあげたい」
「……どうして、シェリル様はそこまで」
私の言葉に、クレアはそう言葉を返してくる。そのため、私は静かに「仕返し、みたいなものかな」と告げた。
「見下していた異母姉に、施しを受けるのはきっとあの子にとって屈辱よ。だから、これが私の最大限の仕返しなの。その上で、あの子を助けられるのならば。私は、あの子に嫌われてもいいし、憎まれてもいい」
「……シェリル様」
「まぁ、元々エリカには嫌われているのだろうけれど」
苦笑を浮かべながらそう言えば、クレアは「……シェリル様を、嫌うなんて」と言ってくれた。でも、エリカはきっと私のことを嫌っている。いや、違う。……恐れているのだろう。
「さぁ、ひとまず応接間に行きましょう。エリカの様子を、見なくちゃ」
「……はい」
気を取り直すようにそう言って、私は歩を進める。その後、サイラスさんと合流し、どの応接間にエリカのことを通したのかを聞く。エリカを通したのは、普段商人を通すための応接間。なので、私は黙ってそちらに向かう。
そして、応接間の前。やたらと大きな応接間の扉を前にして、私は一旦深呼吸をする。エリカは、一体どんな反応をするだろうか。私が未だに貴族の生活をしていることを、羨ましいと言うだろうか。きっと、そうよね。そう思って、私はゆっくりと応接間の扉を開いた。
「……お義姉様」
「エリカ」
応接間の中には、質素なワンピースに身を包み、綺麗だった金色の長い髪を、肩の上までバッサリと切ったエリカが、いた。エリカは何処か気まずそうに、私からその水色の目を逸らす。……何処となく地味な印象を与える。だけど、エリカはエリカのままだった。
「……お義姉様は、いいわね」
しばしの沈黙。しかし、エリカは意を決したようにそんなことを言う。それは、今まで散々私に叩いてきた憎まれ口で。
「こんなにも豪華なお屋敷に住めて、お姫様みたいな生活が出来て。……あ~あ、何処で道を間違っちゃったんだろう」
「エリカ」
「本当だったら、私がお姫様みたいな生活をしているはずだったのに。……お義姉様なんて、いつもみたいに俯いて暮らしていればよかったのに」
「……エリカ」
「本当に、お義姉様なんて大嫌いよ!」
そう叫んだエリカだったけれど、その目は確かに潤んでいた。……だから、私はゆっくりとエリカに近づく。そして、エリカのことを抱きしめた。




