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Episode1-1 くっつくことはない。離れることもないけど(サイラスとアネット)

エブリスタさんで先行公開していたものを転載します。

前編と後編の2話構成ですm(_ _"m)

「――ねぇ、サイラス。あんた結婚しないの?」


 目の前で頬杖を突いた女性が、呆れたような口調で問いかけてきた。


 以前は妖艶な毒婦といった風貌だった彼女――アネットは、今ではすっかり大人しい。妖艶な姿は変わらないが、言動や仕草、態度から毒は消えている。前はあんなにぴりぴりとしていたのが嘘のようだ。


 ……前と言っても、もう二十年くらい前になるのか。


「なにをいきなりおっしゃるんですか。人の仕事部屋に殴り込みに来たかと思えば」

「人聞き悪いわねぇ。私は報告書を渡しに来たのよ」


 彼女は紙の束を私の目の前に置いた。


 ざっと十枚以上に及ぶ紙には事細かに現状が綴られている。アネットが几帳面だと知ったのは、ほんの数年前のことだ。


「受け取りましたので、さっさと仕事に戻ってください」


 私が手帳に視線を落とすと、彼女は「釣れないわねぇ」とけらけらと笑った。


 私は彼女が大の苦手だ。軽い態度も、人の懐に易々と入ってしまう性格も。あっさりとリスター家に馴染んだ適応力の高さも。私には羨ましくてたまらない。


「残念だけど、私の今日のお仕事はおしまいなのよ。だから、あんたの相手でもしてあげようかと思って」

「……望んでませんが」

「あなたの可愛い娘さんが、働きすぎを心配していたわよぉ?」

「くっ……!」


 その名前を出されると、私は折れることしかできなかった。


 私の娘――正確には養女――のクレアとマリンは、アネットにとてもよく懐いている。


 彼女たちも二十歳を過ぎたこともあり、養父の私よりも同性であるアネットに対し相談事を持ちかけることが多い。


 負けた気しかしないが、アネットは二人の母親代わりのようになってくれているので、むやみやたらに「あまり関わるな」とは言えない。


「……今、お茶を淹れましょう」


 立ち上がって執務室の端へと向かう。


 ここはリスター家の執事の執務室。調度品などは大切に使われ代々受け継がれている。私も先代である祖父からいろいろなことを教わり、受け継いだ。


「お構いなく~」


 などと言っているが、彼女は執務室のソファーに移動する。


 苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべつつ、私はお湯を沸かし始めた。


「で、さっきの話に戻るんだけど」

「先ほどとはどれでございましょうか」


 カップを準備しつつ、素っ気なく返す。アネットは気を悪くした様子もなく、「結婚の話よ」と答えた。


「あなたずっと独身なんでしょう?」

「それがどうかしましたか。私に良縁がなかっただけですよ」


 茶葉を準備しつつ、淡々と返した。


「ふぅん、物は言いようね」


 ツンと澄ましたような声に、私はいら立ちを隠せない。


「別にいいでしょう。私には可愛い娘が二人もいるのですから」


 まだ見習いだった頃。街中で拾った双子の赤ん坊。


 当初は孤児院に預けようと思ったが、情が沸いてしまって私はこの邸宅に連れて帰ってしまった。


 先輩の使用人たちに相談した結果、使用人たちで育てようということになったのだ。


 届を出す際。親となる欄に私は自分の名前を書くつもりはなかった。ただ、祖父に説得され、私は彼女たちを自分の娘にした。


「私にはクレアとマリンがいますので。それに、リッカルドさまの成長を見守るのも楽しいですよ」


 トレーに二人分のお茶を載せて、ついでに焼き菓子も乗せた。アネットの元に向かうと、彼女はぼんやりと窓の外を見つめていた。


「……私には子供がいないから、あんたの気持ちなんてわからないわ」

「さようですか」

「けど、娘がいたらあんな子たちなのかなぁって思うことはあるわ。一緒に買い物に行ったり、恋の悩みを聞いたり。私、この年で母親になった気分よ」

「……感謝していますよ」


 本当は感謝なんてしたくない。アネットは旦那さまを傷つけたのだから。


 でも、それとこれは話が別だ。


「あの子たちは、私の前ではどうしても遠慮するようになってしまって。その分女性のほうが話しやすいこともあるでしょう」


 彼女の前にカップとお茶菓子を置いて、私は対面の席に腰を下ろした。


「あんたが私に感謝なんて、珍しいこともあるものね。明日は槍でも降るのかしら?」

「仕方がないでしょう。自分の事情よりも娘たちの幸せのほうが大切です」


 大きくため息をつく。アネットはカップを両手で持って、口に運んでいた。


「……クレアは、最近いい人がいるみたいね」

「えぇ、知っています。確か新しい庭師だとか」


 クレアに最近親しい異性が出来たことは耳に挟んでいた。


 ただし、私に直接言いに来てくれたわけではない。やはり、異性の親には話しにくいのか。


「マリンにもいつかそういう人ができるといいわね」

「……そうですね」

「娘が結婚することになったら、反対する?」


 彼女の視線が私に向いた。……結婚に反対。


「さぁ、どうでしょうね。相手によりますよ」


 もしも、クレアやマリンを不幸にする相手なら。私は自分が悪者になってでも、結婚を阻止するだろう。


「ただ、彼女たちが幸せになる相手なら、反対する気はありません」


 彼女たちの人生は彼女たちのものだ。私がコントロールするようなものではない。


「……あなたなら、そう言うと思ったわ」


 アネットがカップを置いた。


「私もすっかりあの子たちに情が移ってしまったわ」

「さようでございますか」


 本来のアネットは面倒見がいいタイプなのだろう。


 ……旦那さまと婚約なさっていた頃は、それだけ心に余裕がなかったということだ。


(彼女は大切な妹を亡くして、荒れていた)


 私は彼女のことをなにも知らなかった。知る必要もないと思い、ただひたすら憎んでいた。


 でも、考えてみたら彼女も被害者なのかもしれない。


「ところで、私、サイラスの生い立ちとか知らないんだけど」

「話す必要なんてないでしょう」


 アネットの視線が私にちらりと向いた。


 けど、私は彼女の言葉を蹴り飛ばす。必要のないことは話さない主義だ。


「あなただけ私の事情を知っているなんて、不公平じゃない」

「勝手に耳に入ってきただけですよ」


 決して私自身が知りたかったわけではない。……そのはずだ。


「ケチねぇ。心の狭い男は嫌われるわよ」

「嫌われ者で結構です。そもそも、あなたに好かれたいなど思っていない」


 ……少し見直したのは、認めるが。


「あっそう。だけど、こういう距離感のほうが、話しやすいこともないかしら?」


 私とアネットの距離感?


(つかず離れずの距離ということか)


 私と彼女は何故か仕事上でのパートナーになってしまった。


 そして、仕事面では大層有能な彼女は私にとってとてもありがたい存在だ。


 かといって、特別親しいわけではない。つかず離れずの絶妙な距離感をここ数年保ってきた。


「それはそうですね。……と言っても、私の過去など面白い話ではありませんよ」

「あら、私の過去だって面白いお話じゃないわ」


 それもそうか。


「では、お話ししましょうか。あぁ、これはぜひとも内密にお願いいたしますね。使用人の中で知っているのはかなりの古株だけですので」

「わかったわ」


 古株以外ではじめて知るのがアネットなのは、いささかどうなのか。


 なんて考えつつ、私は昔を思い出す。


「私がこのリスター家に来たのは、十一歳のときでした――」


 目を瞑る。もうずっと忘れていた過去を――振り返った。

コミックス第2巻が今月15日に発売予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※21時に後編も更新します。

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