エピローグ それはいつかの未来の話
あれから十年と少しが経って。
――今日も、リスター伯爵邸はにぎやかだ。
「母さま! またセルファースがいじわるする!」
「はぁ!? なにいってんだよ、おまえがわるいんだろ!」
私のほうに駆けてくるのは二人の男の子。
彼らは六歳になる次男セルファースと、五歳になる三男ルーラント。
年子だからなのか、性格的な相性が悪いのか。二人はずっとずっと喧嘩ばかり。
「二人とも静かにしてね。……アストリアがうとうとしてるから」
苦笑を浮かべてそう言えば、二人は顔を見合わせて声のボリュームを落として口喧嘩を始める。
……多分これは、喧嘩するほど仲がいいとか、そういう奴なんだろうな。
「本当、困ったお兄ちゃんたちね」
場の空気など気にもせずに私の腕の中でうとうととしている女の子を見て、私はそう声をかける。
この子は私と旦那様の間に生まれた唯一の女の子で末っ子。名前はアストリア。
生後半年にして、リスター家の面々を虜にしている。特に三人の兄はアストリアのことが可愛くて仕方がないらしい。
セルファースとルーラントなんて、我先にと機嫌を取ろうとするんだから。
「奥さま。そろそろ抱っこを代わりましょうか?」
「ありがとう。……でも、大丈夫よ」
声をかけてくれた侍女に私は笑みを返す。
この子はつい最近来たばかりの新人。男爵家の令嬢らしくて、いわゆる行儀見習いとしてここに働きに来ているそうだ。
……私付きの侍女として、色々と身の回りの世話をしてもらっている。
(クレアとマリンも結婚して、それぞれ幸せそうだものね)
セルファースが生まれた頃。クレアがリスター家の庭師と結婚した。穏やかで人のよさそうな彼はクレアよりも一つ年下。彼はクレアの明るくて頼もしいところに惚れたんだって、教えてくれた。
クレアは今もこのリスター家で働いてくれている。ただ、子育てもあることから私付きの侍女は引退、新しい子たちに引き継いでいる。
クレアが結婚した一年後には、マリンも結婚した。こちらの相手は三つ年上の商人。旦那様が懇意にしていた商家のご子息。ただし、彼は自由奔放すぎるあまり実家の跡を継ぐ気はないとか、なんとか。
マリンもそれは納得しているらしくて、今は結婚相手の経営する小さな商会で働いている。リスター家には時折来る程度だけれど、交流は続いていた。
二人の結婚式はそれぞれこじんまりとしたものだった。でも、サイラスが大号泣して大変だったのはよく覚えているわ。
(大切な娘が、結婚したのだものね)
それでも最後は「幸せになりなさい」と言っていたから、何処かで割り切ることは出来たんだと思う。
……それにしても、娘が結婚というと……。
(旦那様、アストリアが結婚するとき大丈夫かしら?)
ふと、そう思う。
旦那様はアストリアが可愛くて仕方がないらしい。
正直なところ、アストリアの将来が心配になるくらい。
それは伯爵家のみんなに蝶よ花よと育てられて、わがままにならないか……とか、そういうこと。
「……父親って、そういうものなのよね」
ぽつりとそう零せば、ふとお部屋の扉が開く。そこにいたのはほかでもない旦那様だった。
「……シェリル」
声を潜めて彼がこちらに近づいてくる。その側には長男のリッカルドもいる。
十歳を迎えたリッカルドは、旦那様のお仕事に興味津々。順当にいけば跡継ぎなので、旦那様はそんな彼にいろいろなことを教えているようだった。
「なんですか。また、アストリアに会いに来たんですか?」
「……そうだ。あんまりにも、可愛らしいからな」
私の腕の中のアストリアを見て、頬を緩める旦那様。その姿は、本当に子煩悩といった感じ。
「アストリアはシェリルにそっくりだからな。……きっと将来、美人になる」
「……言い過ぎですよ」
「いや、間違いなくそうだ。……そして、何処かの男と結婚するんだろうな」
旦那様はそう呟いて、落ち込んでいらっしゃった。……完全に自滅じゃない。
「父さま。アストリアは俺が守ります。変な奴には渡しません」
「そうだな、リッカルド。……お前ら兄が守ってくれるわけだし、きっといい男を選ぶさ」
……この二人、一体十何年後の話をしているのだろうか。アストリアはまだ生後半年なのに……。
「一体十何年後のお話をされているんですか。歩くのも話すのもまだなのに」
「母さま。きっと十年なんてあっという間です」
「……まぁ、そうなのかもね」
この間まで生まれたばかりだと思っていたリッカルドも、十歳を迎えたわけだし。
十年は、長いようで短いのかもしれない。
(十年後なんて、想像もできないと思うけど……)
でも、十年前も似たようなことを思っていた。考えていた。
けれど、あのとき想像した以上の未来が私の元にはある。
(女神さま。……どうか、この子たちを見守っていてね)
あのときの約束を、私は今も胸に刻んでいる。
女神さまのことだ。多分――私の子供たちを、何処かで見ているんだと思う。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
リッカルドも、セルファースも、ルーラントも。もちろん、アストリアも。
私と旦那様にとって、なににも代えがたい宝物。
だから、私はこの子たちが幸せになれるように全力でバックアップする。
「旦那様。この子たちが幸せになれるように、私たちもやれることをやりましょうね」
「……あぁ」
――この子たちの未来に、幸福が多いことを。私たち夫婦はは心の底から、祈っている。
【END】
これにて【年の差十五の旦那様】は完全に完結になります。こんばんは、扇です。
このお話を書き始めたのは、多分私が作家デビューしてすぐくらいだったと思います。思えば三年もこのお話と付き合ってきたんだなぁって、感慨深いですね。
初めは第1部だけで終わる予定で、こんなにも壮大なお話になるとは思ってもいませんでした。
でも、今はこれでしっくりきているというか、こうじゃないとこのお話じゃないな……って思います。
次はとりあえず【殿下、離縁】と【年の差六の旦那様】を完結させつつ、【年の差七の旦那様】の第2部を執筆しようと思っています。まぁ、予定は未定、あくまでも予定にすぎませんけれど。
このお話についてのあとがきは、また後日別所にてさせていただこうと思います。正直ここで長々と書くものではないと思うので。
最後になりますが、応援してくださったみなさま、本当にありがとうございました。
このお話は【めちゃコミック オリジナル】さまでコミカライズされております。見つけてくださった編集さまには本当に感謝しかありません。
そして、コミカライズを担当してくださっている此林先生にも感謝しかありません。絶対に書きにくいだろ……とか今も思っています(笑)
本当にありがとうございました! またいずれ後日談集として第4部始めますので、その際はよろしくお願いいたします!
最後に。紙コミックスの第1巻が好評発売中ですので、どうぞよろしくお願いいたします……!
では、
2024.08.27 扇レンナ