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第42話 ずっと、一緒に

 その日の夜。私と旦那様は展望台に来ていた。


 そこは滞在しているお屋敷から五分程度歩いたところにある小高い丘の上にある。


 ちょっとした休憩スペースなんかはあるけれど、基本的にはなにもない。ただ、自然と楽しむだけに作られたようなところ。


 私は置いてあるベンチに腰掛けて、そっと空を見上げた。


「すごい……」


 今日は幸運にも雲がほとんどなかった。美しく広がる満点の星空に、私はほうっと息を漏らす。


「……ここに来たいと聞いたときは、驚いたが」


 旦那様は私の隣に腰を下ろして、私の視線の先を追われた。


「だが、来てよかった。シェリルが満足そうだからな」


 そう呟かれた旦那様の言葉は、私の耳にしっかりと届いている。


 本来ならばまだ休息が必要とされている私の身体。


 けれど魔力がほとんど減っていないこと。その減った魔力自体も眠っている間に回復していたことなどから、帰宅の予定は早められ、出歩く許可も簡単に下りた。


 ただ、唯一。旦那様だけが渋いお顔をされていた。


 ……どうやら、それでも私の身体が心配だったらしい。


「すごく、きれいですよね」


 星に視線を向けたまま、私は彼にそう声をかける。旦那様は「あぁ」とだけ返事をくださった。


「なんだか、一つくらい掴めちゃいそうです」


 普段の私ならば、そんなロマンティックなことは言わなかっただろう。


 このときの私は、柄にもなく興奮していたのだと思う。


 それは星空が美しいことだけじゃない。無事戻ってこれたこと。なによりも――この国を救えたことが嬉しくてたまらなかった。


「……そうだな」

「……私、こんな日が来るなんて思わなかったんです」


 ぽつりとそう零す。


 旦那様が黙って私の言葉に耳を傾けてくださる。


「ずっと一人でした。誰からも愛されないまま、きっと一生を終えるんだって。そう、思っていたんです」


 イライジャ様と婚約していたときも、私の頭の中にはそんな考えがあった。


 そして、婚約が解消されてからも――。


「けど、どうしてでしょうか。……私、今、すっごく幸せ」


 星に向かって手を伸ばして、私はそう呟く。旦那様がなにも言わないのは、優しさからなんだろう。


「……星を掴めそうだって思ったのは、きっと間違いですね」

「シェリル?」

「私は、もう星を掴んでいるんです。……手放したくない場所が、私にとっての星なんです」


 それは旦那様のお隣であって、リスター伯爵家そのものである。


「だからですね、旦那様。――出逢ってくださって、私と結婚してくださってありがとうございます」


 彼に顔を向けて、にっこりと笑う。すると、彼が驚いたように目を見開いた。


「こんなロマンティックなこと、私が言うのはちょっと変ですね」


 自嘲気味の笑みに変えてそう言えば、旦那様はゆるゆると首を横に振られた。


「変じゃない。……シェリルには、そういうのがよく似合う」

「……そうですか?」

「あぁ。……それに、礼を言うのはこっちなんだ」


 不意に表情を整えて、旦那様が私を見据えた。真剣な眼差しに射貫かれて、心臓が高鳴る。


「初めはシェリルのことを『可哀想』だと思っていた。だから、屋敷への滞在を許可したんだ」

「……知ってます」

「いずれはもっといい場所への縁をつなぐつもりだった。……だが、どうしてだろうな。手放したくない、側にいてほしいと思うようになった」


 まっすぐに見つめられて、真剣な声でそう告げられて。心臓がうるさくならないわけがない。


 私は無性に照れ臭くて、視線を下げた。


「……俺は、甘えていたんだ」

「旦那様?」

「アネットが急に荒れた理由を、俺は探ろうともしなかった。……そして、ただ一方的に傷ついた。それを言い訳にして、女を寄せ付けなかった」


 何処か後悔を感じさせるような声に、こっちまで苦しくなってしまう。


「きっと、シェリルに出逢えなかったら。俺はずっとあのままだった。……ありがとう」

「旦那様……」

「結婚してくれて礼を言うのは、俺のほうだ。……シェリル」


 旦那様の手が、私の手に重なる。ぎゅっと握って、指を絡められて。普段の彼らしくない積極的な行動に、ドキドキとする。


「――愛している。今後も、どうかずっと一緒にいてくれ」


 はっきりと告げられた愛の言葉。


 一瞬だけ私は自分の耳を疑う。その後、頬を伝うのは温かな涙だった。


「……シェリル?」

「――そんなの、当たり前じゃないですか」


 そう。私が旦那様の側にいるのは当たり前のことで、彼が私を嫌いになっても離れてやらないと思っている。


「旦那様が私を嫌いになろうとも、愛想を尽かそうとも。私は、あなたの側から離れない」

「……そうか」

「絶対、絶対、離れませんから!」


 そう言って抱き着いたのは、私自身の意思の強さを教え込むためだったんだろうと、後から思う。


 彼の顔を見上げて、何度も「離れません」と繰り返す私を、彼にはどう見えたのか。それは、わからない。


 ただ、彼が笑って告げてくださった言葉を、私は一生忘れないのだろう。


「――俺も誓う。シェリルの側を離れない。そして、なによりも。――シェリルと今後の人生を、ずっと歩んでいくと」

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