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第38話 女神の策略(2)

 ……いつだったか。旦那さまも、そんなことをおっしゃっていた。


 恐る恐る女神さまの目を見つめる。その目に見つめられていると、背筋にぞくっとしたものが走った。


(……怖い)


 頭の中にはっきりと浮かぶ不安と恐怖。足が震えてしまいそうだった。でも、それを必死にこらえる。


「ほう、今回の巫女は相当精神的にたくましいようだ。……ま、そうでなければ、おもしろうない」


 女神さまが「よっと」と声を上げて、祭壇に乗り上げる。そのままそこに腰掛けて、私にぐいっと顔を近づけてこられた。


 長いまつ毛に縁どられた目が、私を射貫く。


「なぁ、おぬし。『豊穣の巫女』の真の意味を、知っておるかえ?」


 問いかけの意味は、わかった。


「……女神さまの、依り代、ですよね」

「おぉ、そうじゃ。わしの依り代。それがおぬしじゃ」


 一見すると美しさに似合わない口調だった。それなのに、今はその口調がしっくりときてしまう。


 彼女のその神秘めいた美貌が、要因なのだろう。


「よって、『豊穣の巫女』は大切にされる。女神に捧げられる存在でもあるからな」


 女神さまが脚を組み直す。ふっと緩めた唇の色っぽさに、同性である私も見惚れた。


「……このウィリス王国は『豊穣の女神』の加護で発展してきた。土、火、水、風、そして光。五つの女神が加護を与えておる。女神が建国の王に出した条件。その中で最も大切にされておるもの、わかるか?」


 彼女のきれいな指先が、私の顎をすくい上げた。


 弱い力なのに、拒否することは許されない。そんな、仕草。


「……いえ」

「そうか。それはな、『豊穣の巫女』を手厚く保護すること。生活を保障すること。そういうことじゃ」


 ……それは、私も知っていること。そのうえで、国はその約束を守って……いる、はずだったのだ。


(違う。例外が、ある……)


 気が付いてしまった。彼女が怒っている理由も、今回土の魔力が枯渇した理由も。


 全部、全部わかってしまった。


「わしらだって、依り代が手厚い保護を受けていないと、辛いからのぉ」


 ころころと笑う女神さま。……あぁ、そうだ。


「――のぉ、シェリルよ。おぬしの扱い、わしの怒りに触れたのじゃぞ」


 さも当然のように女神さまが私の名前を呼ぶ。


 喉が渇いていく。口からは言葉が出ない。ただ、揺れる目で彼女を見つめ続けることしか出来ない。


「せめておぬしが十八になるまでは、一応我慢しておいてやろうと思ったのじゃ。……だが、現実はどうじゃ?」

「……なにも、変わってない」


 私が『豊穣の巫女』の認定を国から受け、手厚く保護されるようになったのは十八歳を超えてからだ。


 旦那様曰く、魔力の枯渇が始まったのはそれから少し前のこと。……辻褄が合う。


「それに、人間どもはバカだ。……今更手厚く保護して、してやった気になっているのだからな」


 唇を噛んだ。だって、彼女の言うことは――すべて、正しいのだから。


「だから、わしは助けんよ。……この国が滅びれば、わしはこの土地から解放され、自由に生きることが可能となる」

「……」

「そこでまた、別のことでもしようぞ」


 まるで今日の夕食を決めるかのような。そんな軽い口調だった。


「……愚かな人間どもめ」


 それは彼女の本当の気持ちだったんだろう。声音からひしひしと伝わってくる感情。


 ……彼女は、どうしてこんなにも人間を嫌うのか。それは私には想像もできない。理解も出来ない。


 ただ、どうしてなのだろうか。私は彼女の気持ちを理解したいと思ってしまう。


(救いたい、助けたい。そんなおこがましいことは思わない。ただ、理解して寄り添いたい)


 それが出来るのは、現状『豊穣の巫女』である私だけ。


 私が彼女を突き放すということは、全てをあきらめるということは。


 彼女を孤独にしてしまうということだ。


「……一つ、申し上げてもよろしいでしょうか?」

「ほう」


 私の言葉に、女神さまがきょとんとされた。小首をかしげて、私を見つめる。


「人間は、愚かです。私にその気持ちは、わかります」


 自分の欲望ばかりを優先する。他人を蹴落として生きていく。


 そんな存在、この世にいてもいなくてもどっちでも一緒だ。むしろ、いないほうがいいとも言える。


「私だって、人を憎んだことはあります。誰彼構わず愛せる博愛主義者でもない」


 嫌いな人は嫌いだし、人を憎むことだって何度も何度もあった。


 どうして私ばっかり……って思って、苦しんだ。


「憎い人間にはそれ相応に天罰が下ってほしいし、嫌いな人間とは距離を取りたい」


 許すことが正義だったとしても。私は自分の心に嘘をついてまで、他人を許す必要なんてないと思う。


 それが悪だと言うのならば。私は自分を悪だと認めてしまいたい。


「――許す必要なんて、ないんです」


 許す必要はない。だけど、それに囚われて自分の時間を消費するのは――これ以上ない、愚かなことだ。

今更かもですが、今月の8日に紙コミックスの第1巻が出ました……(n*´ω`*n)

よろしければお手に取っていただけると幸いです!


どうぞ、最後までよろしくお願いいたします。

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