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第37話 女神の策略(1)

 儀式が始まる一時間前。


 私は身支度を整えて、神殿のすぐ隣にある建物の一室にいた。


 これから、私は長く戦うことになる。……それを実感して、ごくりと息を呑む。


 神官たちが前準備をしているのだろう。音とか、声とかが微かに聞こえてくる。


(……大丈夫)


 震える手を押さえて、何度か深呼吸。


 そうすれば、私が待機する部屋の扉がノックされた。


「……はい」


 ちょっと上ずった声で返事をすれば、扉が開いて神官の一人が顔を、見せる。


「儀式について、最後の段取りを行いたく」

「……かしこまりました」


 私の返答を聞いた神官が、九十度の礼をした後、室内に入ってきた。


 そして、ソファーに腰掛ける私のすぐ隣に跪く。


(今の私は『豊穣の女神の依り代』だものね……)


 『豊穣の巫女』はいわば『豊穣の女神』から加護を受けた存在であり、それ以上に『女神の依り代』という意味合いも持つらしい。


 そのため、今の私は『豊穣の女神』そのものにも似た扱いを受けている。儀式が行われる当日から、終わるまで。私はシェリル・リスターではないということ。


「『依り代』さまの行うことといたしましては……」


 名前を呼ばないのも、その一環らしい。


「――と、いうわけでございます」

「……承知、いたしました」


 神官の説明に私は深く頷く。そうすれば、神官はさっと立ち上がってもう一度九十度の礼。


「では、案内のものが来るまで、少々お待ちいただきます」


 最後にそう言い残して、神官は部屋を出て行った。


(案内役を務めるのは、ロザリアさんだそうね……)


 『豊穣の女神』の元へ『依り代』を案内するのは、女性と決まっている。


 それは『豊穣の女神』のテリトリーに入るにあたって、異性では不敬に値すると言われている……から、だそうだ。


 ここに関してはいろいろとややこしくて、簡単には説明できないとサイラスは言っていた。


(ここら辺は、専門の人が詳しいらしいけれど……それって、多分旦那様の古いご友人のことよね……)


 なんて思ったところで、私がそのお人に会えることはないのだろう。遠いところに住まわれているようだし。


 時計の針がちくたくと動く。一分一秒が、私にはやたらと長く感じられた。


 しんと静まり返った部屋の中、今までのことを思い出す。


 辛いことのほうが多かった。それでも、幸せなこともあった。嬉しいことだってあった。


 なによりも――居場所を手に入れることが出来た。


「――頑張りましょう」


 自分を鼓舞するためにそう呟けば、部屋の扉がノックされる。


 返事をすれば、扉が開いてロザリアさんが顔を見せた。


「……ご案内させていただきます」


 ロザリアさんがそう言って、私のほうに近づいて手を差し出す。


 その手に自らの手を重ねて、私はロザリアさんに連れられるがままに神殿のほうへと足を向けた。


 移動中は、無言だった。それに、神殿のほうから時折大きな音が聞こえる以外は、ずっと無音。


 私とロザリアさんの足音だけが聞こえる空間。彼女の横顔を見ることもなく、私はじっと前を見据える。


「『依り代』さまを、どうぞ中へ」


 神殿の前に立つ神官長が、私とロザリアさんを中へと促す。


 少しの段差を上って、神殿の中へと入り、儀式が行われる間の前で立ち止まった。


「……どうぞ、奥へとお進みくださいませ」


 ロザリアさんが一緒に来れるのはここまで。ここから先は、私が一人で入り、儀式を行う。


 そっと儀式の間に足を踏み入れると、中からむわっと淀んだような重い魔力を感じた。


(……入るのを、ためらってしまう)


 一瞬だけ頭の中に浮かんだことを振り払って、私は足を前へ、前へと進めていく。


 奥へと進むたびに、その魔力の淀みが強くなる。なのに、足を止めることはない。


 違う。足を止めることは許されないという強迫観念。それから、まるでそちらに引き寄せられるかのように足が進むのだ。


 ようやく足が止まったのは、祭壇のすぐ前。そっと目を伏せていれば、目の前に誰かが立ったのがわかった。


「……おぬしが、今回の巫女かえ?」


 顔を上げる。そこにいたのは、恐ろしいほどに美しい一人の女性。


 鋭い目を私に向けて、そのきれいな唇から言葉が紡ぎ出される。


「……はい」

「そうか」


 女性は祭壇を挟んで私に向き合う。何処か艶めかしくて、愁いに満ちたような目をしていた。


「……さて、おぬしの願いを聞こう」


 高慢な口調でそう問いかけられて、私の背筋に冷たいものが走った。


 ……なんだろうか。もしかして、彼女は怒っているのではないだろうか?


 一抹の不安。微かに震える唇。私は震えを抑え込んで、言葉を口にする。


「土の魔力を、元に戻していただきたく。女神さまへの貢物として、私の魔力を……」

「――いらん、そんなもの」


 冷たく吐き捨てられた言葉。


「そんなものいらんわ。……大体、今回の魔力不足はわしが意図的に起こしたものじゃ」

「……え」


 自然と言葉が零れた。


 だって、自然の魔力が枯渇するのは、『女神さまの魔力が尽きかけている』からというのが定型で……。


「おぬしは知っておるだろう? 今回の魔力の枯渇は、歴史上類を見ないほどに早かったと」

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