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第32話 約束

「……旦那様」


 なんだろう。そう言われると、胸がむず痒くなるような感覚だった。


 だって、そのお言葉は旦那様が私の表情をよく見てくださっているという証拠のような気がしたから。


「……ありがとう、ございます」


 ぽつりとお礼を言えば、旦那様はこくんと首を縦に振ってくださる。何処かお顔が赤いのは、気のせいじゃないはず。


「ところで、シェリル。……疲れただろう。夕食は寝室に運ばせるから、一度眠ってきたほうがいい」


 一度だけ咳ばらいをされた旦那様が、そう言ってくださる。


 窓の外に見える外の景色はオレンジ色に染まっていて、あれから時間がかなり経ったということがわかる。


 確かに時間があるのならば眠ったほうがいいと思う。体力を回復させるのも、大切だもの。でも……。


「……じゃあ、一つだけお願いがあります」


 旦那様のお顔を見上げて、私ははっきりとそう告げる。一瞬だけ不意を突かれたように旦那様が目を見開かれる。


 そのあと、旦那様はなんだか少し呆れ顔になられた。最近では私はわがままを言ってばかりだ。旦那様はそれをほとんどすべて叶えてくださる。その所為で、余計に。……調子に乗ってしまうのかもしれない。


(もう少し、自重したほうがいいのかしら……?)


 とはいっても、今はいろいろと辛い状態。少しくらい癒しをくださったもいいじゃない、と思う気持ちもある。


 だから、私は旦那様に向かって大きく手を広げた。


「抱っこ、してください」


 まるで子供のようなおねだりだろう。けど、私に出来るわがままなんて、これくらいなのだ。


 あと出来ることと言えば。キスを強請ったり、くっついていたいと強請ったり。それくらい。


「……今日は、無理だ」


 いつもならば渋々にでも、旦那様は了承してくださるのに。今日に限って、どうしてか断ってこられる。


 一気に不安な気持ちがこみあげてくる。……元々、今の私は情緒不安定なのだ。


「言っておくが、シェリルが想像しているようなことでは、断じてない」


 旦那様は私の不安を読み取ってか、小さくそう零された。……私がなにを心配しているのか。旦那様にはお見通しらしい。


「ただ、そうだな。あえて言うのならば……ほら、くっつくといろいろと、問題、だろう」


 彼がお顔を背けてそう呟かれる。


 そういえば、新婚の状態だけれど、『そういうこと』はあまりしていない。理由は簡単。私の体調が優れないから。


 旦那様は、第一に私の身体を労わってくださる。だから、手を出してくださらない。


「私は、別に……」

「俺が嫌なんだ。シェリルの負担には、なりたくない」


 はっきりと断る意思を告げてこられる旦那様。


 ……正直、そのこと自体はありがたいのだと思う。……これは、私の問題だ。


「……ただ、儀式が終わったら。存分に一緒にいよう」


 なのに、乙女心とは単純なものだ。そんなお言葉一つで、気持ちが浮上するのだから。


「本当、ですか?」


 疑い深い目を向ければ、旦那様は大きく頷いてくださる。


「新婚旅行もまだだしな。三週間くらい、観光地にでも行こう」


 私の髪の毛を手で梳かれた旦那様は、そうおっしゃってくださった。……嬉しい。


「約束、ですからね」

「あぁ、約束だ」


 指を絡めて、そう言って微笑み合う。


「行く場所は、シェリルが決めてくれ。……それを元に、サイラスにいろいろと手配してもらう」

「……はい」

「俺も、仕事は持ち込まないようにする。そのためにも、頑張らなくちゃな」


 考えればそれはそうなのだけれど、旦那様はお仕事を新婚旅行には持ち込まないらしい。……つまり、私が旦那様を独占できるということだ。お仕事にも、取られたりしない。


「……もっと、頑張れそうです」


 笑ってそう告げれば、旦那様が「そうか」と返事をくださる。その声は、何処か複雑そうだった。


「一緒に、旅行、行きましょうね」


 彼の指と自らの指を絡めた手に、強い力を込めた。旦那様はなにもおっしゃることなく、手を握り返してくださった。


 無言の空間。二人で窓の外の夕日が沈むのを見つめる。……少しずつ、少しずつ。時間は進んでいく。


 それでも、私は――止まったりしない。止まろうとも思わない。まっすぐに、前を向いて進んでいくだけだ。

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