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第30話 過去は変わらない、変えようとも思わない

 ゆっくりと目を開く。ずきずきと痛む頭を押さえていれば、上から「起きた?」という声が聞こえてきた。


 それは見知らぬ女性の声で、私ははっとして身体を起こす。けど、ひどい貧血のときのようにふらついた。


「ダメよ。そんな勢いよく立ち上がっては。……あなたの中に魔力がないんだから」


 その言葉に反応するように、彼女の顔を見つめる。……眉をひそめてしまう。


「……あの」


 女性は、さらさらとした桃色の髪を持っていた。その目は茶色。形は少し吊り上がった感じ。


 そして、なによりも。私を見下ろす彼女の顔は――どこか、私と似ていた。


「戸惑っているの? 可愛いわね。……私の孫は」

「……は?」


 自然と間抜けな声が漏れる。


 このお人、今、なんと言った?


 聞き間違いじゃなければ、孫って……。


「嘘は言っていないわ。あなたは私の孫」


 見た感じ、だけれど。彼女は若々しい。孫がいる年齢には思えない。


 そう思いつつ眉をひそめていれば、彼女がころころと笑う。無邪気な笑み。なのに、何処か底知れない雰囲気。


「私はメラニーというの」

「……メラニー、さん」

「お祖母さまって呼んでもいいのよ?」


 冗談なのか、本気なのか。あいにく私にはそれがわからない。ぽかんとする私に、メラニーさんが肩をすくめて見せた。


「私の娘は、あなたの母。……意味、わかるかしら?」

「……は、ぃ」


 それは、わかる。かといって、私は幼い頃に実母を亡くしている。そのせいで、母の親族のことはほとんど知らなかった。


 父曰く、母も早くに母親を亡くしていて、嫁ぐ少し前に父も亡くしたと。……それくらいしか、知らない。


「私もあの子も、どうしてこういう運命なのかしらね。……自分の娘を置いて、早くに死ぬなんて」

「……あの」

「私ね、三十歳で死んだのよ」


 ……ということならば。彼女が私の祖母というのはあながち嘘ではないということなのかもしれない。


 だって、見方によっては三十歳くらいに見えるんだもの。


「ねぇ、あなた、お名前は?」

「……シェリル・リスター、です」


 自然と口が自分の名前を紡ぐ。メラニーさんは「シェリル、か」と小さくつぶやいていた。


「あの子も、私と一緒だったのよね。娘の成長が見たかったのに、見ることができなかった。後悔ばっかりの人生だったでしょうね」


 メラニーさんのその言葉に、どうしてか心臓がチクチクと痛む。


 ……お母さまのこと、考えることはどんどん少なくなっていた。本当は、私が覚えていなくちゃダメだったのに。


 おぼろげにも覚えていなくても、私のお母さまはたった一人だったのに。


 私のそんな気持ちを見透かしたように、メラニーさんは「いいのよ」と言ってくれた。


「過去にとらわれるよりも、前を向いたほうがいいわ。あなたにはあなたを大切にしてくれる人が、いるのでしょう?」

「……はい」


 旦那さまだけじゃない。クレアもマリンも。サイラスをはじめとした使用人たち。ロザリアさんや、それからエリカ。


 私には大切な人がいっぱいいて、もう一人じゃないんだって思っている。


「あのね、シェリル、聞きなさい」


 ふいに真剣な表情になったメラニーさんが、私の肩をつかむ。


 じっと見つめてくる目が、今まで以上に複雑な感情を宿しているかのようだった。


「――私は『豊穣の巫女』だったのよ」

「……え」


 でも、そんな考え一瞬で吹き飛んだ。


 だって、いきなりのカミングアウトがあまりにも驚きの内容だったから。


「あなたが魔力を注いだ水晶には、歴代の『豊穣の巫女』の魔力がこもっているの。……だから、私はあなたに夢を見せることができている」


 じっと見つめてくるメラニーさん。どこか、苦しそうに見えるのは気のせいじゃない……と思う。


「……私は、あなたの重荷を取り除きたいの」

「重荷、ですか?」

「えぇ、あなたがもう『豊穣の巫女』として苦しまなくてもいいように。そう、してあげたい」


 メラニーさんが私の身体を抱きしめてくる。彼女は一体、なんなのだろうか。まるで実態があるみたいに、彼女の身体は温かい。血が通っているみたいだ。


「『豊穣の巫女』は苦しみばっかりよ。……私は、孫にまでこの重荷を背負わせたくないの」

「……メラニー、さん」

「あなたが望めば、力は全部消えるわ。……あなたは普通の女の子になれる」


 ……普通の女の子。


 その単語に、心が揺れる。


(私はこの力で、周りに迷惑ばっかりかけてきたわ……)


 すぐに暴走する魔力。最近では倒れてばかり。


 もしも、健康体になれるのならば……それは、きっと嬉しいことなんだ。


 わかる。それくらいはわかる。ただ、望んでいるかどうかは、わからない。


「……私、このままでいい、です」


 自分の気持ちはわからないままなのに。口から出たのは、メラニーさんの提案を否定する言葉だった。


 彼女の目を見る。その目が、私を射抜く。……まるで驚きみたいな。そんな色を宿している。


「私は、確かにこの力を疎ましく思っていました」


 過去は消えない。そう思い続けた日々も――消えない。それは、間違いない。

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