第29話 試験
お屋敷の応接間に向かえば、そこには旦那さまと見知らぬ神官が二人。
神官は私の顔を見て、少しだけ表情を厳しくする。……やっぱり、まだ認められていない。
「お初にお目にかかります。シェリル・リスターと申します」
深々と頭を下げてそう言えば、神官の一人が脚を組み直す。彼の目は、私を吟味するかのように細められていた。
「シェリル。こっちに来てくれ」
「はい」
旦那さまに呼ばれて、そのお隣に腰を下ろす。神官二人と対面する形になって、私は背筋を正して、二人のお言葉を待つ。
「さて、本日訪問したのは、儀式についてです」
「……はい」
「今回は、上手く魔力のコントロールが出来ているか。それを、確かめさせていただきます。合格のレベルに達すれば、具体的に儀式を行う日時を決めます」
そう言われて、大きく頷く。
神官が持ってきたのであろう鞄を自身のほうに引き寄せる。そして――出てきたのは、水晶玉。
「こちらに、魔力を送ってください。レベルは壊れないギリギリまで、です」
「……ギリギリ」
テーブルの上に載せられた水晶玉。色は淡いブルー。水面のような模様が浮き上がっていて、とてもきれいだ。
「水晶玉の様子を見て、魔力をコントロールしてください。多くても、少なくてもダメです」
目を伏せた神官が、そう言ってくる。
私は一度深呼吸をして、落ち着くことにした。
(この水晶玉は、一体どれくらいの耐久力をしているのか。それは、教えていただけないのね)
それすなわち、些細な変化を読み取って魔力をコントロールしなければならないということ。
……出来るのか、不安だった。
(ううん、不安になんてなってはダメよ。ロザリアさんや、アネットさまに教えていただいたじゃない!)
弱気になってはダメだ。
その一心で、私は水晶玉に手をかざす。それは、ひんやりとしていて氷のような冷たさを持っていた。
「……ふぅ」
息を吐いて、吸って。ゆったりと魔力を注ぐ。
(まだ、特に反応はない。もう少し強めても、いいかもしれない)
注ぐ魔力の量をほんの少しずつ多くしていく。
しばらくして、指先に冷気のようなものが当たる感覚がした。
(これは、暴走の予兆? ……だったら、これ以上注ぐのは得策じゃない)
どういう風になれば合格なのか。それはわからないから、とりあえず現状をキープしよう。
その一心で、私は魔力の量を調節することなく、そのまま注ぎ続けた。
……それから、三十秒くらい経った頃だろうか。水晶玉が放つ冷気が強くなって、指先がかじかんでいく。
(……どういう反応? 少なくするの? 多くすれば、正解?)
このままだと、爆発してしまうのではないか。
本能的にそんな危機感を抱いて、指先が震える。……なのに、どうして、なのだろうか。
(本能的に少なくしたいと思う。……違う、これは、多くするんだわ)
少しずつ指先に魔力を集中させて、水晶玉に注いでいく。
またしばらくして、ふわっとした熱気が辺りを包み込む。
(今度は、少なくする。これは、キープというよりも、水晶玉の気分に合わせて調節するみたいね)
水晶玉が発する空気を、ほどなく冷たくしてキープする。でも、水晶玉自体はまるで意思を持っているかのようだった。
それはまるで、感情を持っているかのよう……。
「……ほぅ」
神官の一人が、少しだけ声を上げた。まるで、驚いたとばかりの声。
けど、彼がどういう表情をしているかはわからない。私は、水晶玉に意識を集中させることで精一杯だったから。
(……もう少し、多く)
多く、少なく、少なく、多く。
水晶玉にどんどん翻弄されて、それでも必死に食らいつく。
意識が徐々にふわふわとし始めるのは、魔力が枯渇する予兆なのだろうか。
(私にできることなんてない。……そう、思ってきた)
頭の中に、過去のことが浮かぶ。
ずっと孤独だった。それが、苦しかった。
けれど、ここにきて、私は居場所を見つけた。ここにいていいんだよって、言ってもらえた。
それに、私を愛してくれる人たちが出来た。
私は、この居場所を守らなくちゃならない。
(そのためには、これくらいで躓いていては、ダメなの――!)
そう思うとほぼ同時に、水晶玉がまばゆいばかりの光を放つ。
「――シェリル!」
遠くから、ううん、すぐ近くから。旦那さまが私のことを呼んでいるのがわかった。
なのに、返事は出来ない。目の前の水晶玉が、私の身体を包み込む。
(こ、れって……?)
目を一瞬だけ見開いて、あまりのまばゆさに慌てて目を閉じた。
そして、私は――そこで、意識を失っていた。




