閑話8 裏方(アネット視点)
こちらでのお知らせを忘れていましたが(おい)、8月8日に【年の差十五の旦那様】の紙コミックスが発売します!
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「奥さまの現状を、見に来るのでしょう?」
私がそう問いかければ、サイラスが神妙な面持ちで頷いた。隣にいるクレアは、美味しそうに紅茶を飲んでいる。
この子は、相当マイペースみたい。……将来、大物になるわね。
「はい。もうそろそろ、儀式に取り組めるか。そういうチェックに来るそうです」
「まぁ、当然ね」
そりゃあ、きちんと『豊穣の巫女』の力を扱えているか。
それは知る必要があるし、神官にとっても重大な仕事だとはわかる。ただ、そう。
「神官って、いけ好かない奴ばかりだものね。……サイラスが不安になるのも、わかるわ」
肩をすくめて、そう言う。サイラスは頷いた。
「今までも何度かこちらに来てはいるのです。そのたびに奥さまに厳しい言葉をかけていき……」
「全く、何処に行っても神官と言うのは高圧的ね」
いつしか見た王都の神官も似たような感じだった。
思い出したくもないことを思い出してしまって、眉間にしわを寄せてしまう。
「そうです。ご自分がどれほど偉いと思っているのか。……まったく、気に入らない」
サイラスは私の同意を得られたからか、水を得た魚のように口を動かす。
よくもまぁ、ぺらぺらと神官の悪口が出てくるものだ。
(というか、それほど鬱憤が溜まっているということね。……仕方がないかも、だけど)
実のところ、サイラスは王国が認めた魔法使いになれる器を持つのだ。
ただ、どうにもそういうのは性に合わないと。ずっとここにいる……とかいう話を、いつしか聞いたわね。
だから、昔から度々神官とは交流があるとも。
「大体、全ては『豊穣の巫女』のおかげでしょうに。神官自身は、ただの血筋の輩ですから」
「……それには、同意できるけれど。さっさと用件を言って頂戴。私も暇じゃないの」
そう。残念なことに。この執事の愚痴に長々と付き合っている余裕なんてないのだ。
明日のスケジュールも立てなくてはいけないし、ロザリアさんとの交換日記も書かなくちゃだし。
「本当に、あなたは腹が立ちますね」
「生憎ね。それに、私の雇い主はあなたじゃないでしょう?」
にっこりと笑ってそう問いかければ、サイラスが悔しそうな表情を浮かべる。
……結構、表情が豊かになったわね。
「私の雇い主は、奥さまになっているのよ。だから、私があなたに時間を割く必要はちっともない」
「……あなたという人はっ!」
面白いから挑発してみれば、サイラスの隣にいるクレアが慌て始める。
……ちょっと可哀想だから、もうやめましょう。もちろん、サイラスじゃなくてクレアがよ。
「と、いうわけだから。さっさと話をして頂戴。奥さまのお力になれるのならば、私は拒否はしないから」
にっこりと笑って、胸に手を当ててそう言ってみる。サイラスはむっとしつつも、こほんと一度咳ばらいをした。
「全く持って不本意ながら、あなたは大層な魔法の腕を持っております」
「えぇ、自負しているわ」
「なので、奥さまの護衛を頼みたく。……神官がなにか変なことをしそうになったら、全力で止めてください。許可します」
……つまり、結局はボディーガードをしろっていうことらしい。
話が回りくどい。もっと、直球に言えたでしょうに。
「でも、ロザリアさんが同席するのでしょう?」
「彼女は表向きに奥さまの護衛に当たります。あなたは裏から守ってください」
「物騒ね」
闇討ちでもしろと言っているのかしら?
と、いうわけもなく。私は「いいわよ」とすぐに頷いた。
「汚れ仕事は、こういう年増の役割だもの。……若者には、させられないわ」
肩をすくめてそう言うと、サイラスが意外そうに目を見開いた。
「あなたも、随分と丸くなりましたね」
「まぁ、そうね。……あの頃は、やけくそになっていたから」
大切な妹が亡くなって、色々な意味で自暴自棄になっていた。
その所為で、ギルバートを傷つけてしまった。……償えるわけではない。わかっている。だけど。
「奥さまを守ることで、ギルバートに対する罪滅ぼしになるのならば、やるつもりよ」
ちらりとサイラスに視線を向けて、そう告げる。相変わらず、間抜け面ね。
「ところで、クレアさん。……よろしかったら、焼き菓子でも持って帰る?」
ぽかんとしているサイラスは放っておいて。先ほどからずっと紅茶……もどきの砂糖水を飲んでいるクレアに声をかけてみる。
彼女は小首をかしげていた。
「ここに来ない間は、別で働いているのよ。そこが、焼き菓子の店なの。売れ残った商品とか、もらえるだけよ」
焼き菓子は日持ちするとはいえ、やっぱり期限はある。そういうものは、廃棄するのがもったいないからと、格安で従業員がもらえるのだ。
本当はロザリアさんにでもあげようかと思っていたんだけど。
「え、じゃあ、いただきます!」
「わかったわ。あなたの妹さんの分も、持っていきなさい」
「わぁい!」
そういえば、クレアとマリンはサイラスの義理の娘……みたいな感じらしいわね。
(随分と似ていないわね。可愛げがあって、いいこと)
この男に似なくて、本当によかったと思う。……なんて、口に出したら後が怖いけれど。