閑話7 家庭教師になって(アネット視点)
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以来、私は週に三度ほど奥様の家庭教師を務めることとなった。
相変わらずリスター伯爵家の古株の使用人たちは、私を嫌っている……というか、警戒心が丸出しだった。それは、面白いほどに。
きっと、私が奥様を傷つけないか心配だったのだろう。
ちなみに、私は奥様の家庭教師といっても、住み込みではない。普段はここから少し離れたところにあるアパートで生活をしている。
ただし、家庭教師として雇われている以上、仕事部屋は必要となる。
というわけで。私は邸宅の端っこにある部屋を与えられて、授業の合間などの休憩時間を、ここで過ごしていた。
隣の部屋は護衛として雇われている魔法使い、ロザリアさんの仕事部屋となっているらしい。……時折大きな音がするけれど、あれは気にしない方向でいこう。誰も突っ込んでいないので、日常なのだろう。
「……今日の授業内容は」
ロザリアさんは家庭教師同士、授業内容の共有をしたほうがいいと言ってきた。そのため、どうしてか私は彼女と交換日記のようなものをしている。
書いてあるのは、業務内容が七割。日常の出来事が三割。本当に、交換日記と化してきている。
「……なんなのかしらねぇ」
彼女には恋人がいるらしく、恋人との惚気まで書き連ねられている。……そういうの、いらない。本当に
ぺらぺらとノートをめくりつつ、私は明日の授業の内容を組み立てていく。
大まかには打ち合わせをしているものの、事細かな部分はそのときそのときで調整する。だって、奥様って優秀なんだもの。
机に頬杖を突く。……そういえば、今度神官が様子見にくるとか、言っていたわね。
「上手くやれるでしょうけれど、少し不安だわ」
奥様のことだから、へまはしないと思う。ただ、神官はいけすかない奴ばっかりだ。なんていうか、性格が悪い。私が言えたことではないけれど。
「ギルバートが守るでしょうけれど……やっぱり、不安だわ」
奥様って、見た目は儚げだから。舐められないか、不安。もうちょっと人を疑うことも覚えたほうがいいと思うし。
そう思っていると、ふと部屋の扉がノックされた。入室の許可を出せば、そこにいるのは奥様付きの侍女の一人。名前は、確かクレアだったと思う。
そして、その後ろには――。
「……なんの用事?」
肩をすくめて彼に声をかければ、そこにいる男――サイラスは、眉間をぴくりと動かした。
この男は、未だに私のことを嫌っている。まぁ、当然なんだけれど。恨まれて当然のことは、してきたつもりだもの。
「いえ、ちょっとご相談したいことが、ありまして……」
サイラスが表情を歪めながら、そう告げてくる。だから、私は「いいわよ」と言って立ち上がる。
部屋の中央にあるソファーに腰掛ければ、サイラスとクレアは対面に腰を下ろした。
「お茶でも用意するわ。……確か、甘いのは苦手だったかしら?」
「……好きではないですね」
「あなたは?」
「甘いの大好きです!」
私の問いかけに勢いよく返事をするクレアを見て、くすっと声を上げて笑ってしまう。
軽く呪文を唱えて、テーブルの上にティーセットを出した。
「わぁ、すごいですね!」
小さくぱちぱちと手をたたくクレア。彼女はどうやら人懐っこいらしく、私が奥様にそれなりに信頼されているとわかって以来、敵意は全くなくなった。今ではそれなりに話す仲だ。
「転移魔法なんて、サイラスさん以外であんまり見たことないです……!」
「あら、ロザリアさんは使わないの?」
「あんまり、好きじゃないみたいです」
まぁ、それもそうか。転移魔法は使用する魔力の量がとんでもない。護衛の魔法使いならば、いざというときのために魔力を一定数は残しておくのは当然のこと。……彼女は、正しい。
「砂糖とミルクも一緒に出しているから、好きなだけ入れたらいいわ」
「はぁい」
ニコニコと笑ったクレアが、ティーカップに紅茶を注ぐ。その後、タプタプになるまでミルクを入れていた。
……それはもう、紅茶にミルクが入っているのではなく、ミルクに紅茶が入っているのではないだろうか?
「お砂糖は……三つ……」
「……甘ったるそうね」
自然と言葉が零れた。ミルクはタプタプ、角砂糖がたっぷり入った、もう紅茶なのかなんなのかわからない飲み物が出来ていた。
……ちょっと頬を引きつらせつつ、私は自分の分の紅茶をカップに注ぐ。
「……ところで、相談ってなにかしら?」
紅茶を一口飲んで、サイラスに視線を向ける。彼もまた、紅茶をカップに注いで口につけていた。
眉間にしわが寄ったのは、見過ごさない。
「いえ、あなたの力を借りるのは、本当に不本意と言いますか、不服と言いますか」
「そう」
「ですが、クレアやマリンに、借りれる力はなんでも借りたほうがいいと、説得され……」
「そりゃそうね。合理的だわ」
サイラスは人の好き嫌いが激しい。……そういうところは、少し直したほうがいいとは思うわ。
「……今度、神官がこちらに来るのは、知っていますか?」
「それは、聞いたわ」




