第27話 償い方
「あ、あの……」
とにもかくにも、まずはお礼を言おう。
その一心で彼女を見つめれば、彼女は空を見上げていた。……今まで見たことがないほど、優しそうな表情だった。
「……あの子は、きっとこれを望んでいる」
小さくそう呟いたアネット様。
私にはアネット様の言う「あの子」の正体を知る由もない。ただ、唯一わかるのは。
――アネット様にとって、そのお人はとても大切な人だということだろうか。
「私ね、魔力の量だけはとてもあるの」
ふっと口元を緩めたアネット様が、そう呟いた。
「でも、私が持っていても宝の持ち腐れよ。だから、あなたに一部を与えるわ」
彼女の目が、私を見つめる。まるでつきものが落ちたかのような目が、私だけを映している。
心臓がぎゅって掴まれたみたいな感覚だった。
「ねぇ、奥様」
「……はい」
「私、今からでもまともに生きることが出来ると思う?」
その問いかけの真意は、一体なんだったのか。
私には想像もできないし、これを推測で言うのは野暮というものだろう。
でも、私にはわかる。
そう思って、私は笑みを浮かべた。アネット様の視線が、和らぐ。
「はい。私は、いつからでも人はやり直せると思っています」
「……そう」
「もちろん、私の実父のような、何処まで行ってもろくでなしはいますが……」
お父さまやお義母さまは、何処まで行ってもろくでなしだった。
侯爵家が没落してもなお、成り上がることを考えていた。そして、その手段としてエリカを使おうとしていた。
……本当に、ろくでなしの親だ。
「そう。けど、奥様。もしも、私があなたのお父さまのようなろくでなしだったら、どうする?」
「それは、ないですよ」
アネット様の言葉を、蹴り飛ばす。彼女はまさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったのか、目をぱちぱちと瞬かせていた。
私は、笑う。
「アネット様の本質は、とてもお優しい人で素敵なお人です。……私は、わかっているつもりです」
彼女は私に実害は加えなかった。結局、それが全てなんじゃないだろうか。
「全く、あなたってお人好しねぇ」
肩をすくめて、しみじみとそう呟くアネット様。
ふと彼女が手を伸ばして、私の頬に指を押し当てた。……じんわりとした温かさがこみあげてくる。
「これが償いになるとは思わない。……だけど、私、ギルバートにそれ相応に償いたいの」
「……はい」
「だから、奥様。……私に出来ることがあったら、協力するわ。なんでも言って」
覚悟がこもった言葉だった。……協力してくれる。なんでも言っていい。
そうなれば、私がお願いすることは一つだ。
(正直、図々しいとも思うけれど……)
これは人の厚意に付け込んでいるとも受け取られかねない。
それでも、私はお願いしたい。アネット様のご厚意を、無駄にはしたくない。
「では、アネット様。……お願いが、あります」
「……えぇ」
「よろしければ、私に魔力のコントロールの方法を、様々な勉強を教えてくださいませんか?」
彼女はこの量の魔力を容易く扱っている。ロザリアさんも一緒だけど、彼女にばかり負担をかけるわけにはいかないと思った。
「それに、私はまだまだ貴族の女性としては及第点だと思うのです」
「……つまり、私に家庭教師でもしろと?」
「……ダメ、でしょうか?」
今まで関わってきてわかっているけれど、アネット様はとても優秀な貴族の女性だったのだと思う。
そんな彼女にいろいろなことを教えてもらえれば……と、思う気持ちもあった。
あとは、そう、純粋に。
「私、アネット様と親しくなりたいです」
初めは嫌悪感しかなかったのに。彼女の本質を知るにつれて、嫌悪感は薄れて、消えて。今では好意にも似たものだけが残っている。
「もちろん、無理にとは言いません。もし、よければ、のお話なので……」
苦笑を浮かべてそう言えば、アネット様は目をぱちぱちと瞬かせる。かと思えば、声を上げて笑い始めた。
「別にいいわよ。私、どうせ暇だし」
「……サイラスにお願いして、お給金は出してもらいます」
「あらあら、本当にお人好しね」
アネット様はそう言うけれど、労働には対価が必要だと思う。私の、持論だけど。
「いいわよ。……いずれ、奥様とギルバートの子供の家庭教師も務められたらいいわね」
「……それは、その」
「あら、まだ早かったかしら?」
彼女の言葉に照れてしまった私を見てか、アネット様がころころと笑った。
本当に、本質はとても素敵な女性なんだって、思う。
「けど、覚悟しなさい。私の教育は厳しいわ。ビシバシ行くわよ」
「……はい!」
ビシバシなんて、問題ない。だって、サイラスの授業よりも厳しいものはこの世にない……と、勝手に思っているんだもの。
「これから、よろしくね。……奥様」