第25話 変化
そう思っていれば、お隣の旦那様がごほんと露骨に咳ばらいをされた。
そちらに視線を向ける。気まずそうな旦那様が、ぽりぽりと頬を掻かれていた。
「……ギルバート?」
アネット様が旦那様のお名前を呼ぶ。それを聞いてか、旦那様は「はぁ」と露骨にため息をつかれる。
「俺も別に心が広いわけじゃない。それに、お前を許すと決めているわけじゃない」
まるで何処か言葉を探すような。そんな風に旦那様が口をもごもごと動かしている。その姿がなんだか可愛いなって思う私は、末期なんだろうな。
「ただ、まぁ。お前が考えなしに動くような奴じゃないことは……思い、出せた」
「……そう」
旦那様のお言葉に、アネット様が相槌を打った。かと思えば、彼女は視線をテーブルに落とす。
その目が寂しそうに見えるのは、気のせいじゃないと思う。
「……別にね、あなたたちの仲を引き裂こうっていうつもりじゃないのよ」
呆れたような態度で、アネット様がそう言う。そこに、毒気なんてない。私のことを見る目は、困った妹を見るような目に感じられる。……彼女が、くすっと笑っていた。
「私、これでもギルバートの元婚約者だから。……責任、感じてただけよ」
「責任?」
「そう。あなたが独身をこじらせるようになったのは、私が原因でしょ?」
肩をすくめてそう言うアネット様。旦那様は、少しためらって頷く。
「だから、本当に少し。ちょっとだけ。……責任、感じてたのよ。ま、あなたが信じるかは別問題だけど」
投げやりみたいな声。……けれど、なんだかすっきりとしたようにも聞こえるのは気のせいじゃない。
「ギルバート。……あなたは、彼女のことを愛しているの?」
が、いきなりそう言うのを口にするのはやめていただきたい。
私がぱちぱちと目を瞬かせて、旦那様を見つめる。……彼は、ぽかんとされていた。
「さっさと答えて。健気な彼女のことを、愛しているの?」
とんとんと人差し指でテーブルをたたきつつ、追い打ちをかけるアネット様。
旦那様の回答が気になって、私は彼をじっと見つめた。
逃げ道を絶たされたと思われたのか。旦那様は「はぁ」と息を吐いて、アネット様を見つめる。
「言っておくが、俺は健気なシェリルが好きなんじゃない。……健気じゃなかったとしても、彼女が好きだ」
しばらくして、紡がれたお言葉。私の頬に、熱が溜まっていくみたいな感覚だった。
「別にシェリルが健気だからとか、可愛いからとか、若いからとかじゃない。もちろん『豊穣の巫女』だからでもない。……俺は彼女の努力家なところが一番好きだ」
……それは、私にとって追撃を連投されているみたいなものだった。
顔が熱くて熱くて、たまらない。自然と頬を手で押さえていれば、アネット様が声を上げて笑っていた。
「本当、変わったわね。私と婚約していた当時なんて、手も繋げない。プレゼントのセンスもない。ちょっと積極的になってやれば、すぐに慌てふためいて……」
「そう言うのを暴露するのは、やめてくれ……」
「もちろん、愛の言葉を口にすることもなかったわね」
……アネット様。多分、それは旦那様の本質です……。
と言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、私は控えめに笑う。内心、彼女の暴露話に同意してしまうのは仕方がないことだと思う。
「そんなあなたが、こうやって堂々と人を好きって言えるなんて……。よかった」
小さく付け足されたそのお言葉は、私の耳にも旦那様の耳にも入っていたんだと思う。
旦那様が、目を見開くのがわかったもの。
「というわけで、過去の女は退散しようかしらね。……あなたたちの本当の気持ちが知れて、よかったわ」
そう言ったアネット様は、カップに入ったお茶を飲み干すと立ちあがった。
なので、私は彼女の後を追おうと立ち上がる。
「……そうだわ。奥様、少し面白いことを教えてあげる。……女同士で、話でもしない?」
だけど、その提案には少し困ってしまった。旦那様にちらりと視線を向ければ、彼女は「侍女を同席させていいなら」と淡々と言ってくださる。
「そうね、侍女ならばいいわ。……行きましょう」
アネット様が私の手首を掴んで、リスター家の庭を進んでいく。その足取りはしっかりとしたもので、行き先が決まっているみたいだった。
「……アネット様、何処に、行かれるのですか?」
「秘密」
私たちの後ろから、侍女が付いてきているのがわかる。
それに、アネット様の歩くスピードはゆっくりなので、侍女たちも置いて行かれる心配はない。
そして、アネット様が私を連れてきたのは。私が、初めてお花を植えた場所だった。