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いちゃらぶ、所望します! 2

 しかし、意外にも夜までは何もなかった。夕食の時も旦那様は普通の様子だったし、使用人たちもいつも通り。……きっと、私の杞憂だったのだ。


 そう思いながら、私は湯あみを済ませて着替える。夫婦の寝室に移動した後、私は部屋にあるソファーに腰を下ろした。


 すると、マリンが私の目の前のテーブルに紅茶を置いてくれる。まだ湯気の上がる温かいものだ。その隣には、軽食らしきサンドイッチとクッキーが置いてあった。


「ねぇ、マリン。私、今日は軽食を頼んでいないけれど……?」


 確かにお腹が空いたときは頼むことがある。けれど、今日は頼んでいない。


 私が怪訝に思いつつマリンにそう声をかければ、彼女は「もうじき、分かりますよ」と言ってお茶目にウィンクを飛ばしてきた。……あ、何となく、嫌な予感が――。


 そんな風に思いながら紅茶の入ったカップを手に取る。温かい紅茶を口に運んでいれば、寝室の扉が勢いよく開く。驚いてそちらに視線を向ければ、そこにはサイラスさんがいた。そして彼は一人の男性――旦那様を引きずっていらっしゃった。


「奥様。旦那様をお連れしました」

「……え?」


 自分の頬が引きつっているのがわかる。でも、そんなことお構いなしとばかりにサイラスさんは旦那様を寝室に放り込み、扉を閉めてしまう。彼の足音が遠ざかっていくのが、よく分かる。


「え、え? マリン、どういうこと……?」


 助けを求めるようにマリンにそう声をかければ、彼女は苦笑を浮かべていた。その後、彼女は私の方に近づいて耳打ちをしてくる。


「どうぞ、旦那様と存分にイチャイチャしてくださいませ」

「……え?」


 マリンの声に驚いていれば、彼女は深々と一礼をして寝室を出て行く。残されたのは、私と旦那様だけ。


 とりあえず、旦那様の様子を見なくちゃ。


「あの、大丈夫……ですか?」


 恐る恐るそう声をかければ、旦那様はハッとして私の方を見つめられる。彼の衣服はとてもラフなものであり、湯あみを済ませたところだったのだろう。その紫色の髪が少し濡れているのが、色っぽい。


「い、いや、大丈夫だ、シェリル……」

「……どうして、こんなことに?」


 私がきょとんとした表情でそう問いかければ、旦那様は私の両肩を力いっぱい掴まれた。その力がちょっと強くて顔をしかめれば、旦那様はすぐに手を離してくださる。


「サイラスに……」

「……サイラスさんが、どうしたのですか?」

「サイラスに、このままだとシェリルに逃げられるって、言われてな……」

「どうして、そうなるのですか?」


 自分の頬がさらに引きつるのがわかる。もしかしてクレアは私の「寂しい」をそういう意味で捉えてしまったのだろうか?


 ……いや、彼女がそんなへまをすることはない。つまり、クレアは私と旦那様の時間を合わせるためにわざとそう言ってくれたのだ。


「……シェリル、何か不満があったのか?」


 私が旦那様にソファーを勧めて、二人とも腰を下ろすとそう問いかけられた。……不満。この場合、どう言えばいいのだろうか?


(いいえ、ここは素直になるべきだわ)


 クレアやマリン、サイラスさんがわざわざ気を遣ってくれたのだ。ならば、このチャンス。ものにしないともったいない。


「え、えぇ、少し、だけ……」


 少しだけ首をすくめてそう言えば、旦那様が私に顔をぐっと近づけてこられる。


「何がだ!?」


 ……旦那様が、私に詰め寄ってこられる。……というか、このお方は鈍すぎる。私の気持ちを、どうしてわかってくださらないのだろうか。世には女心に疎い男性というものが多数いると思う。でも、旦那様はその中でもかなりハイレベルになるのでは……?


「……何を言っても、怒りませんか?」


 少し上目遣いになりながら、一応そう問いかける。そうすれば、旦那様はぶんぶんと首を縦に振られた。その姿が何処となく可愛らしく見えてしまって……私は思わずくすっと声を上げて笑う。その声に、旦那様がほんの少し戸惑われていた。


「……寂し、かったのです」


 隣に移動してこられた彼の肩に頭を預けてそう言うと、旦那様の目が大きく見開かれた。


「ほら、結婚してからゆっくりできなかったじゃないですか。……だから、私、寂しくて」

「シェリル……」

「このままだったら、結婚しないままの方がよかったんじゃないかって、何度か思ってしまって……」


 旦那様が私のために頑張ってくださっていることは知っている。理解している。だけど、どうしても――寂しさには勝てなくて。私はぽつりぽつりと本音を零していく。


「……重いですよね、忘れてください」


 後から思えば、何と重い女だろうかと思った。だから、私は謝った。


 なのに、旦那様は息を呑まれると――私とまっすぐに目を合わせてくださる。その目は、とても真剣な色を宿している。


「重くなんて、ない」


 そして、旦那様はそうおっしゃってくださった。

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