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第44話 いなくなった異母妹

 それは、エヴェラルド様がリスター伯爵家のお屋敷を強襲した翌日のことだった。


「シェリル様!」


 朝早くに、マリンが私の部屋に駆けてきた。マリンは最近はエリカ付きの侍女をしているため、私の元に来ることは少ない。……でも、それよりも。


「……マリン、どうしたの?」


 彼女がひどく焦っているように見えて、私は恐る恐るそう問いかける。そうすれば、マリンは「……エリカ様が、消えました」と絞り出すような声で告げてくる。……エリカが、消えた?


「それって、どういうこと……?」


 震える口で無理やり言葉を紡ぎ出せば、マリンは「言葉通りで、ございます」と俯きながらに返事をくれる。


「昨夜、どうにも思い悩んでいたようで……」

「……そう」


 私はそうとしか言えなかった。目を伏せてそう声を出せば、側に居たクレアが「……どうされますか?」と言葉をかけてくれる。その「どうされますか?」が表す意味は一つしかない。


 捜すか、捜さないか。


 あの子の性格上、捜してほしくはないだろう。わかっている。わかっているのだけれど――……。


「クレアはギルバート様とサイラスさんに報告して頂戴。私はマリンと一緒にエリカを捜すわ」

「……ですが、もうここら辺には……」

「そうだとしても、何もしないよりはずっとマシよ」


 幸いにも着替えた後だったので、私はその上に上着を羽織って素早く部屋を出て行こうとする。そうすれば、後ろからマリンの「お待ちください!」という声が聞こえてきた。


「……こちら、お手紙です」


 そして、彼女はそんなことを言って私に一つのお手紙を差し出してくれた。……差出人の名前は、エリカ。多分、置き手紙とかそういうことなのだろう。


 封はされていない手紙を開けて、私は折りたたまれた便箋を開く。便箋にはお世話になったことへの感謝の言葉。それから、もう迷惑はかけたくないから、出て行くと書いてあった。最後に綴られた一文は……私の、お義姉様の幸せを願っているというもの。その文字は、微かに震えている。


(……エリカっ!)


 その手紙を握りしめながら、私はうつむいてしまう。……エリカは、多分エヴェラルド様に直談判しに行くつもりなのだ。最近のあの子の性格上、そういうことをしてもおかしくはない。


 そんなことを思いつつ、私が踵を返して玄関に向かおうとすれば、途中でギルバート様と鉢合わせる。彼は「……シェリル?」と怪訝そうな表情で私の名前を呼んでくださった。だからこそ、私はそっと視線を逸らす。


「……何か、あったのか?」


 そう問いかけられて、私は返答に困ってしまう。でも、どうせいずれはバレてしまうのだ。それに、先ほどクレアに報告してくれるように私は頼んでいる。遅かれ早かれ、バレてしまう。


「その……エリカが、いなくなりまして」

「……エリカ嬢が?」

「はい。置き手紙だけ残して、出て行ってしまったようです」


 目を伏せてそう告げれば、ギルバート様は「……捜すのか?」と問いかけてこられた。そのため、私は少しためらったのち頷く。


「多分、あの子は捜さないでほしいと、思っていると思います。……でも」

「でも?」

「私、あの子にこれ以上傷ついてほしくないのです」


 エリカはずっと幼少期から無茶ばっかりして、無理ばっかりして。重圧に押しつぶされそうな中、生きてきた。


 私はそれに気が付きつつも、自分の身を守るのに必死であの子を助けることが出来なかった。……私、なんだかんだ言ってもあの子の姉なのに。


「あの子、本当は人一倍臆病なのです。それを誤魔化すように見栄を張って……」


 自分の力を示すために、私から魔力を奪っていた。自分が『豊穣の巫女』であるかのように振る舞っていた。それは許しがたいことなのかもしれないけれど、あの子にはあの子の事情があった。……それから目を逸らし続けていたのは、ほかでもない私なのだ。


「私、もう一度あの子と仲のいい姉妹に戻りたいんです。……多分、今、あの子を捜さなかったら取り返しのつかないことになる……!」


 それは所詮直感であり、何の根拠もない話だった。けれど、そう思ってしまった。


 一度嫌な予感を感じると、何処までもその不安が付いて回ってくる。もしも、エリカに何かがあったら。手遅れになってしまったら。……私は、夜も眠れなくなってしまう。……はたから見れば偽善者、かもしれないけれど。


「……わかった」


 そんな私の言葉を聞かれたギルバート様は、それだけを呟かれると「とりあえず、シェリルはクレアとマリン、それからロザリアを連れて捜しに行け」と言ってくださった。


「……ギルバート様?」

「俺は別でエリカ嬢を捜す。……ただ、無理だけはするなよ」


 ギルバート様は最後に私の頭を一度だけ撫でてくださって、歩いて行かれた。……だからこそ、私は彼の後ろ姿に頷いて玄関へと向かう。


(エリカ。どうか、無茶だけは止めて……!)


 心の中で何度も何度もそう唱えて、私はただ駆けだした。頭の中には、最近よく見せてくれるようになったあの子の笑顔が、浮かんでいた。

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