第43話 嫌じゃない
真剣な面持ちでそう問いかけられて、私はぶんぶんと首を横に振った。
「わた、しも、ギルバート様と幸せになりたい、です」
言葉にするとどうしようもないほどに恥ずかしい。でも、視線を逸らしてそう言い切る。そうすれば、ギルバート様は「……そうか、よかった」と小さな声で零されていた。
「だったら、それでいい」
「……はい」
「皆が皆幸せになれるのが一番理想かもしれないな。だけど、それは無理なことだ」
……ギルバート様の手が私の頭を撫でてくださる。それにほっと息を吐いていれば、ギルバート様は「だが、シェリルの気持ちはいいことかもしれない」とおっしゃった。
「俺はそんな風に考えられないからな」
「……そうなの、ですか?」
ギルバート様は大層お優しいと思うけれど……。そう思って私が彼の目をまっすぐに見つめれば、彼は「辺境伯だからな」とおっしゃって肩をすくめられる。
「辺境伯や辺境侯が一番に求められるのは冷酷さだ。冷静に冷酷な判断をすることが求められる」
「……そう、ですか」
「あぁ。国を守るためにはそれくらいの判断力がないといけない」
確かに、それはそうなのかもしれない。辺境貴族は冷酷なお方が多いというし、そんな彼らをまとめる代表が辺境伯なのだ。つまり、ギルバート様は周囲に侮られない実力と冷酷さを持ち合わせないといけないのだろう。
「それに……だな」
「……はい」
「俺は、シェリルのことを守りたい」
小さな声でそう告げられて、私の目が大きく見開かれたのがよく分かった。
「……女性に対してこんなことを思ったのは、シェリルが初めてだ」
「……ギルバート様」
「年甲斐もないと笑ってくれてもいい。……だが、どうかシェリルには俺の隣にいてほしい」
そう言われて、私は何も言えなかった。
……何だろうか。私がじっと考えていたことが、全部どうでもよくなってしまう。……このお方は、すごい。私の悩みをあっさりと解消してくださるのだから。
「嫌か?」
「……いえ」
そっと顔を覗き込まれてそう問いかけられたので、私は首を横に振る。その後「嫌じゃない、です……」と消え入りそうなほど小さな言葉を返した。多分、私の顔は真っ赤に染まっている。
「私も……ギルバート様のお隣に、いたい、です。何度も言っていますが……」
ぎゅっと手のひらを膝の上で握りしめてそう言えば、ギルバート様は「……そうだったな」とおっしゃった。
実際問題、私の方が結構積極的だったりする。私の方が自分の気持ちを伝える方が多いし。
「じゃあ、もう大丈夫か?」
そう問いかけられて、私はこくんと首を縦に振る。すると、ギルバート様の表情がふっと緩んだ。
そして、どちらともなく笑い合う。
「エリカ嬢のことなんだが、もうしばし滞在してもらっても構わないぞ」
「……本当ですか?」
「あぁ、ここ最近の彼女の様子を見て、悪い奴ではないとわかったからな」
やれやれといった風にギルバート様が肩をすくめられるので、私はぱぁっと表情を明るくしてしまった。
そんな私の表情を見て、ギルバート様は「……本当に、エリカ嬢のことが大切なんだな」とぼやかれる。
「……はい。私とあの子、いろいろありましたけれど……なんだかんだ言っても、私はあの子のことが大切なのです」
こじれてしまった姉妹関係だった。けれど、今の私たちならば分かり合える。昔のように、戻れる。そう思えるのだ。
「そうか。……そういう風に思えるのが、シェリルの強みだな」
「そうですか?」
「あぁ、俺にはない考え方だ。俺は一度嫌いだと思った奴に関しては、もう二度と好きにならない性格だからな」
そういえば、そういうところあるわね。
そう思いつつ、私はギルバート様のことをじっと見つめる。……彼の目が、揺れた。
「あの……ギルバート様?」
「……どうした?」
改まって声をかけると、ギルバート様が驚いたような声を上げられる。そのため、私は彼の目をじっと見つめ続けた。
「……おい、シェリル」
ギルバート様が私の方に手を伸ばしてくださる。なので、私はその手を掴んだ。……そして、そのまま指を絡めてみる。
「……おい!」
私の行動に慌てふためいたようにギルバート様が声を上げられた。だからこそ、私はそっと「……好きです」と小さな声で告げる。
「……シェリル?」
「私のことを心配してくださったり、いろいろと想ってくださる。そんなギルバート様が……好きです」
真剣な面持ちでそう告げれば、ギルバート様は「……そうか」とおっしゃって顔を背けられてしまった。
……どうやら、照れてしまわれたらしい。こういうところも、好きだ。うん。
「だから、その……」
なんと言えばいいのだろうか。そう思って口をもごもごと動かしてしまえば、ギルバート様は「……寝た方が良いぞ」とおっしゃって立ち上がってしまわれた。
「あの」
「正気に戻ると恥ずかしくなるぞ。……だから、寝た方が良い」
ギルバート様はそうおっしゃるけれど、多分それは彼自身のことを表しているのだろう。だって、今のギルバート様――……。
(すごく、お顔が真っ赤だもの)
私よりもずっとずーっと、お顔が真っ赤だもの。




