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名前のない物語

勇者は獲物を逃さない

作者: 中田カナ

「わぁ!すごいなぁ」

掃除の手を止めて窓から魔王討伐の旅に出る勇者パーティの壮行パレードを眺める。

私は故郷では狩りとかもやっていたので視力には自信があり、かなり離れてはいるがよく見える。

勇者は細マッチョで甘いマスクのイケメン。

聖女はウェーブのかかった金髪が風になびく儚げな美女。

戦士はガッチリ体型で一見怖そうだけど顔立ちは整っている。

賢者は細身で眼鏡のインテリ系。

そして魔術師は黒いフードで顔は見えない。

耳もいいので歓声も聞こえてくるが、再び掃除を始める。

「ま、私には関係ないもんね」


ここは王宮で働く職員の寮。そして私は一番下っ端の雑用係。

掃除・洗濯・調理などそれぞれに担当がいるが、手が足りないところをフォローしてまわるので1日中駆けまわっている。

ちなみにこの寮は平民向けで、貴族向けはもっと豪華なのが別にある。行ったことないから知らんけど。

就職先として貴族用の寮の仕事は人気があるらしいが、平民向けはあまり人気がないようで、私みたいな田舎娘でも身元確認だけであっさり採用された。

そんな状況なので常に人手不足でとにかく忙しい。

掃除が一通り終わって廊下を小走りで移動していると、コックコートの男性に呼び止められた。

「あ、いたいた。悪いけど次は調理場を手伝ってくれねぇか?」

「はいっ!」

いつものように笑顔で答えた。



勇者パーティが出立してしばらく経った頃。

なぜか私は王宮内にある宰相閣下の執務室に呼び出されていた。

目の前にいるのは眼鏡をかけた銀髪のナイスミドルな宰相閣下。

宰相閣下が平民向けの職員寮に来ることなどまずないので、もちろんこれが初対面である。

「・・・あの、もう一度おっしゃっていただけませんか?」

「だから君には本来の職務とははずれるが勇者パーティのサポートに入ってもらいたい」

やっぱり何度聞いても理解できそうにないんですが。

「それっていったいどういうことなんでしょうか?」

「旅は順調に進んでいたと思われたのだが、初めての野営でトラブルがあったらしく、近くの村まで戻ってきてしまったそうなのだ。現在もまだその村に留まっている」

「え~と、それってつまり調理ができないとかそういうことなんでしょうか?」

「そういうこともあるのかもしれんが、まだ詳細な情報がなくて正確な原因は不明だ」

私はちょっと考えて宰相閣下に聞いてみた。

「でも、確か冒険者ギルドにそういうのを担当する支援職の人とかいるんじゃなかったでしたっけ?」

「依頼はしたが断られた。冒険者ギルドは今回の勇者パーティの選定で不正が行われたと主張しているのだ」

なんか予想外の発言が出てきたんですけど。

「そうなんですか?」

「・・・否定できたらよかったんだがな。王族や貴族が自分の子供達に箔をつけたくて、選定役の神殿幹部に袖の下を渡していたことはすでに判明している」

苦虫を噛み潰したような顔ってこういうのなんだろな~と宰相閣下を見ながら思う。

「え~と、そんな方々で魔王討伐とかできるんですか?」

「もちろんそれなりの実力があった上でのことだが、討伐は二の次で参加することに意義があるというかなんというか・・・」

そのあたりは深くつっこんではいけないな・・・と私は判断した。


「それはさておいて、どうして私なのでしょうか?貴族の方々のお世話ならもっと適した方がいると思うのですが?」

「勇者パーティとお近付きになりたい連中は山ほどいる。だが、この国の貴族にも派閥というものがあってだな、ヘタな人選は騒動の元になりかねんのだよ」

「平民で下っ端とはいえ一通りのことはできるから私・・・ということですかね?でも職員寮の方は大丈夫なんですか?ただですら人手不足なのに」

宰相閣下はため息をついた。

「ああ、もちろん猛反発を食らったとも。君の不在の間の人員はなんとか確保すると約束させられた」

「なんだ、もうそこまで話は進んでたんですか・・・あ、でも旅ってことは実質無休じゃないですか?今の仕事は忙しいながらも休日はちゃんと確保できてたんですけど」

「大変申し訳ないが、そのあたりは報酬で対応するしかないと考えている」

私は少し考えてからずうずうしいことを思いつき、にっこり笑顔で宰相閣下に言ってみた。

「しかたないのでそれでよしとしますが、無事に戻ってきたら宰相閣下にご褒美をおねだりしてもいいですか?」

宰相閣下もしばし考えていたようだったが最後には折れた。

「本当に物怖じしない娘だな・・・わかった、私に出来ることであれば対応させてもらおう」



数日後、なんとか私の代わりの人員の目処がついたようなので王都を出発した。

故郷では馬が普通に移動手段だったので、王宮から借りた馬であっという間に勇者パーティが滞在している村に到着して合流した。

宰相閣下からの書状を勇者様に手渡すといぶかしげにこう言われた。

「お前、本当に使える奴なんだろうな?」

あたりがきついのは承知の上だったので気にしてはいなかったが、その後の野営の手際のよさや薬草や獣などの知識、さらにそこそこ魔法が使えることもあって、勇者パーティの私を見る目がだんだんと変わってきた。

ちなみに壮行パレードでフードをかぶってて顔が見えなかった魔術師は、背格好も顔立ちもごく普通な感じの青年だった。ま、これはこれで親近感がわいていいのかもね。



旅も順調に進んだそんなある日。

お昼近くになっても周辺の魔物退治に出かけた勇者パーティがなかなか戻ってこない。

もう昼食は出来上がってるんだけどなぁ。

仕方がないから様子を見に行くと、勇者パーティは魔鳥の群れに襲われていた。

さては巣の卵に手を出したか。しょうがないなぁ。

私はマジックバッグから愛用の武器を取り出して片っ端から魔鳥を射落とした。

空飛ぶ魔鳥がいなくなったところで、あちこちに隠れているであろう勇者パーティに呼びかけた。

「みなさ~ん!お昼ですよぉ~。とっとと戻って食べてくださいね~」


みんなが食べている間に射落とした魔鳥を拾ってまわる。

「お前、どうやって魔鳥を射落としたんだ?」

早々に食べ終えた勇者様に聞かれたので自作の武器を見せる。

「パチンコっていうんですが、まぁ子供のおもちゃみたいなもんですね」

ホントは弾に少々魔力を込めてますけどね。

ついでに私はできるだけ体に傷はつけないように目を狙うくせがついている。

「で、その魔鳥はどうするんだ?」

「決まってるじゃないですか。今夜はご馳走ですよ。楽しみにしててくださいね」

私がウキウキしながら手際よく魔鳥を処理する光景を見てしまった勇者パーティ一同は、その日の夕食で誰も魔鳥料理を口にすることはなかった。

もったいないなぁ、もう。



袖の下勇者パーティとは聞いていたが、実際にはそれなりに戦えるようであった。

私も故郷ではそれなりに狩りをやっていたので、手が空けばお手伝いする。食材確保は大事だもんね。

旅が進むにつれてみんな魔獣料理にも慣れてきて、美味いということはわかってもらえたようなので私としては満足している。

そして最初は王族や貴族の身内ということで鼻持ちならないヤツらばかりだろうと思ってたけど、話してみると意外と気のいい連中だった。

そもそも最初の野営で引き返したのは、神殿の外の生活をまったく知らなかった聖女様が初めての屋外での夜に異常におびえたのが原因だったらしい。なんだ、みんな優しいじゃん。

そして私という同性が加わったこともあってか聖女様の精神状態も安定し、なんかやたらと懐かれた。こっちが年下のはずなんだけど、まぁいいか。

故郷でのあれこれや職員寮の仕事の話など、なんてことはない話題でも聖女様は目を輝かせて聞いてくれる。

一緒に温泉に入る仲にまでなったが、聖女様は同じ女性でも見とれるほどのナイスバディだった。う、うらやましくなんかないんだからねっ。



その後も魔熊や魔虎などをちょいちょい狩ったりして食材確保と私の小遣い稼ぎをしながら旅は進み、最終目的地である魔王の城に到着した。

戦闘の末に半壊状態となった魔王の城で、魔王と勇者様の一騎打ち状態となった。

私は瓦礫の中から拾ったモップの柄を魔力で強化し、気配を消して魔王の背後にまわりこみ、助走をつけて思いっきり後頭部をぶったたいた。

あ、ヤバい。これ、たぶん致命傷になっちゃうかも。手柄は勇者様に渡さないとだよな。

「勇者様、今ですっ!」

崩れるように倒れた魔王に勇者様がとどめを刺した。

勇者様が息を切らしながらもこぶしをこちらに向けてきたので、私も笑顔で握りこぶしを作ってコツンとぶつける。

「おめでとうございます勇者様!」

「・・・いや、君のおかげだ。ありがとう」

そう言う勇者様の笑顔はとてもさわやかだった。

私はわざと響くように2回手を叩くと、放心状態だった他のメンバーもハッと我にかえった。

「皆さ~ん、王宮に帰って『ただいま』と言うまでが魔王討伐ですよぉ。しっかりしてくださいね~」

みんな笑顔になってくれた。

「それから魔王の城の食品貯蔵庫を漁ってきたので今夜はご馳走作れますけど、何かリクエストはありますか~?」

一番疲れているはずの勇者様が叫んでいた。

「俺、魔鳥のから揚げが食べたいっ!」

さてと、これでやっと王都に帰れるぞ。



無事に王都に帰還し、王宮内にある宰相閣下の執務室のドアをノックして入室する。

窓の外からは魔王討伐の凱旋パレードの歓声が聞こえてくる。

「宰相閣下、魔王討伐の旅を終えて無事帰還いたしました」

「うむ、長旅ご苦労だった。勇者パーティのメンバーたちからも君の活躍は聞いている。本当に感謝している。ただ、君は正式なメンバーではないので祝勝会や凱旋パレードに参加させてやれなくて大変申し訳なく思っている」

椅子から立ち上がって私に握手を求めてきた宰相閣下がすまなそうな表情を見せる。

「報酬さえもらえればそんなのはどうでもいいんですけど、宰相閣下は勇者パーティへのサポート要請の時、私に言わなかったことがありますよね?」

握手の手を離した宰相閣下の目が泳ぐのを私は見逃さなかった。

「な、何のことだろうか?」

「神殿の神託で選ばれた本当の勇者って私だったんでしょう?」

「・・・なぜそう思った?」

「旅の途中で聖女様と一緒に温泉に入った時、背中に紋が浮き上がっていることを教えてくれたんですよ。聖女様は何の紋かまではわからなかったようですが。背中なんて自分じゃ見られないので、聖女様に描いてもらった絵柄を見たら、昔見た書物に載っていたのと同じものでした」

宰相閣下はため息をついた。

「そのとおりだ。私は君が本当の勇者であることを知った上で勇者パーティに送り込んだ。それが最善の策だと思ったからだ。本物の勇者ではないとはいえ、若人達の命を無駄に散らせたくなかった。いまさらと思うだろうが、どうか許してほしい」

宰相閣下は私に深々と頭を下げた。

「まぁ、確かに謝られてもいまさらですし、無事に魔王を倒して結果オーライだから許してあげますよ」

「本当にすまない。感謝する」


「ところで宰相閣下、約束のご褒美のことは忘れてませんよね?」

「ああ、もちろんだ。私に出来ることなら何でもしよう」

よっしゃ、それなら言っちゃうぞ。

「宰相閣下、実は一目惚れでした。私と結婚してください」

「・・・は?」

ナイスミドルのあっけに取られた顔もかわいいなぁ。

「だから結婚してくださいって言ってるんですが。確か宰相閣下は独身でしたよね?」

「い、いや、そうなんだが、なぜ私なんだ?君とは親子ほども年が違うし・・・ほら、勇者パーティの男性陣だっているだろう?彼らも少なからず君のことを好ましく思っているようなんだが」

「私って昔から年上しか興味ないんですよね。それに宰相閣下と私だったら年齢差といっても貴族の婚姻じゃそうめずらしくない程度じゃないですか」

「そうかもしれないが・・・いや、でも、なぁ・・・」

とまどう宰相閣下もまた良し、うんうん。

でもあんまり困惑させるのもかわいそうなので、このくらいにしておくか。

「ま、さすがに結婚はちょっと言いすぎたかなと思うんで、今日のところはこれで勘弁してあげますよ」

すっと近寄って宰相閣下の唇を奪ってニコッと笑う。

「ごちそうさまでした。それじゃ失礼します」


「・・・待て」

宰相閣下の執務室を出ようとドアノブに手をかけたところで呼び止められた。

「・・・その、君の物怖じしない性格と頭の回転の速さ、そして行動力は大変好ましく思っている。勇者パーティの面々からも陰日向なく働いてくれたことはよく聞いている」

宰相閣下が私の方に歩み寄る。

「私は仕事一辺倒でこういう時にどうしていいかわからない。だからまずはお互いを知るところから始める、ということでどうだろうか?」

「わかりました。結婚どうこうはさておき、必要なら宰相閣下の手駒として使ってもらってかまいませんよ。宰相閣下が頭脳明晰なのは存じ上げてますけど、時には力仕事とかも必要でしょう?」

「ああ、そうだな。それではこれからよろしく頼む」

抱擁でもキスでもなく、固い握手を交わして宰相閣下の執務室を出た。


宰相閣下は知らない。

私は故郷にいた頃から狩りの獲物は一度たりとも逃したことはない。

そして標的が大物であればあるほど血が騒ぐ。

正直に言って魔王を目の前にした時よりも今の方がはるかに萌え・・・じゃなかった、燃えている。

さてと、これから作戦を練ってじわじわと追い詰めていくといたしますか。

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勇者は獲物を逃さない【連載版】
連載版始めました

「名前のない物語」シリーズ
人名地名が出てこないあっさり風味の短編集
― 新着の感想 ―
いい意味で予想外の展開。面白い。
[良い点] 仕事のできる宰相閣下が、一杯食わされるところ。 [気になる点] モップでやられる魔王って弱すぎる。 [一言] 宰相閣下は知らず知らずのうちに、勇者さんがいないと生きられない体になるんですね…
[良い点] とても面白かったです。 最初に出てきたナイスミドルはどうなるのかな?とか勇者一行と仲良くなるのは良いけど、恋愛にならなさそうでどうなるのかな?と思っていたら、こう来たかって感じでした。 …
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