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恋人(1)

のどかな農村に、農作物を運ぶ小さな荷車が到着した。


「着いたよ、にーちゃん」


年老いた男の言葉に、荷台から二十歳ほどの青年が身体を起こした。


「ああ、ありがとうございます」


「背中が痛くなったんじゃないのか」


「いや、適度な振動で秋空が見られて乙でしたよ」


青年は朗らかに微笑む。


「…あんたどっかの貴族さんかなんかかい?」


「違いますよ。」


荷台から降りて、青年は伸びをした。


「ただの、旅人です」





小さな教会の神父は、若い頃は聖都で騎士をしていたとかで、若い旅人を快く受け入れてくれた。


「最近は、勇者ユーマ様のおかげで国境が平和なんだよ」


「働き者ですからね、彼」


「すごい人だよなあ……、魔族の支配を自力で解いた上、神魔の調停に心血を注ぐなんて」


魔属性をもつ人間は神側からは魔族と呼ばれている。


「そうですねえ。まさに時の人」


しれっと同意しつつ首都の話などをしながら、近隣の話などを聞いて楽しむ。


榊原と最後に会ったのは半年前だ。その時ようやく魔国の支配から解き放たれた。レノはただ見ていただけだ。傍観している側からしても、大変感動的な瞬間だった。


彼との関係を続けているから、外見は咲田伶乃のまま、しかも少しずつ年をとる演出をしている。


元の世界に帰る手立ては見つからないまま、すでに4年が経っていた。


「知っているかい?聖女ミク様」


「え……ええ」


「この先の暗黒竜を倒しに来てくれているのさ」


「へえ」


今回はその暗黒竜……闇の精霊に会いに来たというのに、タイミングが悪い。


(まあまあ気の良い奴なんだけどな…聖属性の人間には塩対応なせいか)


塩対応どころか疫病を流行らすので討伐対象になるのも仕方がない。


他の属性の精霊と違って、闇属性は浄化によって消滅するので、今生の別れとなってしまうだろう。


ちなみに、自分は今は神の支配領域にいるのでトラブル防止のため聖属性に転向している。


「似姿によるとと、麗しの聖女様なんだよ……」


顔を緩ませる神父を半眼で見つめて、レノは長机に頬杖をついた。


聖女ミク……というのは言うまでもなく、何の因果か最後の元カノ茜未来(ミク)のことだ。


自分は今やどうとも思っていないが、彼女は未だに自分に会いたくないだろう。2年前に会ったときには、わっと泣き出したかと思うと最後は一方的に頬を叩かれた。


暗黒竜に会う理由はただの魔王への顔つなぎの依頼だったが諦めるか。ここは、人間の平和のための尊い犠牲になってもらうことにしよう。


そう結論を出したとき、神父の肩に伝書鳩が止まった。


伝書鳩と言っても、ここではれっきとした聖鳥で早く正確に情報を届ける役割をもつ。○リー○ッターでいうところの梟だ。


手紙を外された鳩が寄ってきたので食べ物をちぎって与え、頭を撫でていると、神父の顔が綻んだ。


「なあ、すごいぞ!件のユーマ様も暗黒竜退治に参加するらしい!」


「……ふうん」


思わず気のない反応をしてしまった。


榊原のことだから、茜のことを止めに来た、という方があり得る。


長年魔国にいた彼は、バランスが大事なのだとよく言っていた。いや、勇者の鑑である。


「……ん?」


何か近づいてくる気配がする。


(この感じ……茜)


異界の勇者やら聖女はそれぞれ気配があって、近づけばそれと分かる。


半年前榊原はレノの気配が分かるようになったと言っていたから、熟練度合いによるらしい。


(逃げるか?)


しかし向こうに用があるのなら、別に断るほどの理由もない。


「どうしました?旅人さん」


「たいしたことじゃないですが…」


適当に答えながら外に出ると、ちょうど大きな白い鳥が教会前の広場に舞い降りた。


「し、神竜の気配がしたと思って戻ってみたら…レノくんなの」


「なんだ、知らずに来たのか」


「竜が人の郷にいるなんて、普通じゃないもの」


「異世界転移特権で竜のポストを得ただけさ。別に自慢することでもないだろ、聖女様には」


格としては勇者や聖女の方が上だ。強い精霊といっても、所詮は退治対象のモンスターな訳で。


茜は納得いかない表情をしながらも、白鳥の手綱を再び握った。


「竜の正体がレノくんなら…意味も影響も特にないよね。私、戻る」


「…榊原が合流するって聞いてるか?」


「ユーマくんが?ううん。理由は?」


「さあ」


「でもそれなら…心強いかな。教えてくれてありがとう。じゃあね」


白鳥がばさりと舞い上がった。


落ち着いて振る舞ってはいたが、早く切り上げたい雰囲気がだだ漏れだ。


「た、旅人さん……」


神父が引きつった顔でこちらを見ているのを見てレノはふっと笑った。


「秘密でお願いしますね」


「は、はいっ…」


嘘だ。家族とかにここだけの話とか言って漏らす奴の顔をしている。


(長居は無用か)


茜がレノの気配が分かるくらい聖女として力をつけたのなら、彼女に話をつけてもらって神サマに会うことはできないだろうか。


東と南の魔王にはすでに会っている。約200年前、彼らが喚ばれたときにはそれぞれの魔王は不在で、自然な流れでその役についたのだということは聞いた。


同時期喚ばれた異世界人は彼らを含め4人。残りの2人…勇者と聖女だったらしいが、彼らがどうなったかは定かではないらしい。


つまり魔王も喚ばれる側だと。誰も認知していないだけで、魔王の裏に邪神がいたりするのだろうか。


「ーーおーい、レノ!」


農村から出てのんびりと歩いていると、今度は榊原がチョコ○のような鳥に乗って追いついてきた。


(これ、面倒だな。気配を隠す方法を探すか)


…気配を隠す?


久々に脳裏に引っかかったワードを、記憶から手繰り寄せてみる。


そもそも気配とは何か。常人とは何が違うのか。


(…在り方だ。魂の)


肉体を捨てて異世界を渡るためには、魂そのものに強固な自己認識が備わっている必要がある。


そうやって、魂の内側に記憶を蓄積できるような存在は、実はとても稀である。


(「魂に内包される、記憶とエネルギーをまとめて、“存在の力”と呼ぶことにする…」)


脳裏に再生されたのは、白銀の竜ラズレイドが、初めて異世界に放り出された時に出会った師の言葉だった。


銀髪の少年の、人を小馬鹿にしたような笑みが()ぎる。師はあれで結構面倒見は良いのだが、レノに対してだけいちいち一言多くて、会話しているとイライラする相手だった。


(俺たちが互いに気配を感知しているのは、その存在の力か。気配を隠すには……)


芋づる式に思い出したその方法を試してみる。


特殊な魂の在り方をカモフラージュする技法は、“旅人”たちの十八番だった。訪れた先の世界で目立っても、大概良いことがない故に。


ちょうど近くに到着した榊原が目を丸くする。


「……あれ?」


「その顔は、成功かな。ストーキングされたくないんでね」


「しねーよ、わざわざ……。透明(インビジブル)の黒魔法でもないよな。何したんだ?」


「……さあね」


答える気のないレノに、榊原はまた肩を竦めて苦笑した。


「お前、それ不公平じゃないか?」


「なんでだよ。か弱い精霊が雲隠れの技を身につけたって何もおかしくないだろう」


そう、もはや単純な戦闘力では勇者ポジションである榊原に敵わない。長年の経験を駆使して逃げることとかはできるだろうが、勝つのは至難の業だろう。


「それより、茜の竜討伐、俺も連れて行ってくれないか?」


榊原はきょとんとした。それから意味ありげに笑う。


「……いいぜ」


なんだ今の間は。


「その代わり協力しろよ」


「爪の先くらいならな」




茜は微妙な顔で榊原を出迎えた。


「久しぶり、ユーマくん」


対する榊原は爽やかに笑いかける。


「ミク、3ヶ月ぶりだな」


その笑顔に、茜も少し表情を緩めた。


聖女ミクの一行は野営の準備をしている。


夜は暗黒竜の力が強くなるので、ここで朝を待ち、有利な条件で戦いたいんだろう。


その緊張した様子を見渡して、榊原はおもむろに口を開く。


「……あのさ、話があるんだ」


茜は目をぱちぱちさせた。


「話?」


「暗黒竜を、殺さないで欲しいんだ。弱らせるのは必要だとは思うんだが」


「……それは、レノくんのため?レノくんがそう言ったから?」


榊原の後ろで騎獣たる大きなヒヨコの羽毛に手を埋めて撫でていたレノは、ん?と振り返った。


「俺は心底どっちでもいいと思ってるぞ」


榊原が呆れた顔をした。


「それはそれでどうなんだ」


「そもそも、榊原が神側についた時点で、バランスはすでに崩れてるんだ。前に言ったろ」


「俺は神側についたつもりはねーよ」


「それで何が解決するっていうの?神魔の白黒がつかないと、私達も帰れないんだよ」


レノは目を鋭く細めて口を挟んだ。


「ーーそれは、神サマが言ったのか?」


「え、うん、そうだけど」


「……そうか」


向き直り一歩踏み出して榊原の隣に立つ。


「なあ、茜」


「な、何?」


「神サマに会いたいんだ。協力してくれないか?」


茜は眉根を寄せて何度か瞬きした。


「……無理」


「ーーあ、そう」


残念だが、食い下がってどうなることでもない。


「まあ、仕方ないか。別の方法を考えるよ」


後頭部を掻きながら、レノはまた巨大なヒヨコの羽毛に頬を寄せた。


あっさり引き下がったレノに唖然としてから、茜は目線を左下に泳がせる。


「どうしてもって言うなら、考えなくもないけど……」


「いいや?そこまでは別に」


榊原は2人のやり取りを面白そうに聞いている。


そして、レノにだけ聞こえるくらいの大きさで、ぽそりと呟いた。


「素直になればいいのに」


「は?ーーお前、何か誤解してるだろう」


「べっつにー?」


「……後で話がある」


呆れ声で言って、レノは榊原の尻を足蹴にした。


「さっさと自分の話をしろよ。」


「っ()ー!遮ったのはお前だろ」


「…本当、仲良いね、キミたち」


茜は微妙な顔をして言った。


とりなすように笑ってから、榊原はごほんと咳払いした。


「ミク。俺は、この世界も今はすごく好きなんだ。魔国も含めて、見方を変えれば……」


榊原は蕩々(とうとう)と魔王サイドの国や生き物を一方的に滅ぼすのは良くないと訴えかけた。


「……だから、暗黒竜とも、共存の道があると思うんだ。帰る方法はレノが探してくれてるからさ、そっちもきっとなんとかなるよ」


「ん?そんなこと言ったっけか」


「言ったぞ!?ちょっと待て、あれ嘘だったのか?」


「…冗談だよ。今のところ、それしか俺にはやることがないしな」


本当は彼女との再会の約束を果たしたいが、肝心の、異世界に行く方法が思い出せないのだ。


(この世界に来る直前に感じた、揺らぎ、みたいなものが関係しているのは分かるんだが)


なんて独りごちている間、茜は困ったように腕を組んで唸っている。


「ううーん…」


「ミク様、いけませんぞ。灰色の勇者の言葉に耳を貸しては」


「司教は黙ってて」


ぴしゃりと言って茜はさらに考え込む。


「……レノくん。暗黒竜って話ができるの?」


「ん?…ああ。たぶん、精霊語だけだが」


「なら、通訳してくれない?直接話をして決めることにするよ」


「パーティに高位の精霊術師くらいいるだろ」


レノが怪訝な顔をすると、茜の後ろでエルフの女性が困った顔をした。


「魔属性の精霊の声は、エルフには毒ですもの」


「人間の術師は連れてきていない…か」


榊原がぽんとレノの肩を叩く。


「爪の先くらいは協力してくれるんだろう?」


「通訳とか思いっきり重役だろうが…」


板挟みにされるのが目に見えている。


レノのぼやきは完全に無視された。

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