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竜だけにチートで楽したい(2)※挿絵あり

さらに数日経過した頃には、榊原はもう教官の騎士と互角になっていた。異世界特典万歳である。


レノはのんびりと、魔導書を読む傍らそれを見物する。


使えるようになった魔法は教師役の宮廷魔術師とさして変わらないレベルに至っている。結界、転移、治癒と一通りの攻撃魔法。


太陽が高くなる時刻、昨日遠征から帰還したというアレクス将軍がレノの隣に立った。


この魔国で一番強いと名高い男だ。


「貴様は訓練をしないのか」


「ええ、もう。私に剣は向いてないそうですので」


夜にはイメージトレーニングをしているのを、『密告者の種』の効果で把握されているかもしれないが、わざわざ確認することでもない。


ちなみに剣の心得がないのは嘘ではない。身体能力が高いので見よう見様見真似である程度使えるだろうが、爪の武器の感覚の方が馴染みやすく、わざわざ剣をやりたいとまで思わなかった。


「ほう」


アレクス将軍は、目を細めて笑い、背中の長剣を下ろす。


そのまま、太い柄を握り込み、チャキ、と鞘から剣身が覗いた。


何気ないその動きが横目に入って、内心まずい、と思った。


ドッ


将軍の動きに反応し、素早くその場を跳びすさる。


「…ーー!」


元いた場所に、アレクス将軍のバスターソードが深々と刺さっているのをちらりと見て、レノはぱたんと魔法書を閉じた。


「戦えない奴の動きじゃねぇなぁ」


「わざわざ異界から呼んだのに、真っ二つにしようとするなんて、ビルナス様が黙ってないんじゃないですか?」


「あんなババアの顔色なんざ、知ったこっちゃねえな」


召喚は将軍がいないところで行われたことからしても、同じ国でも派閥が全く異なるのかもしれない。


むしろ、ビルナスがレノを取り込んで勢力が強まるのが困るくちなのだろう。


「将軍ーー!?」


榊原の相手をしていた教官があわあわしている。


その間に、将軍の二撃目を避けながら魔法陣を展開する。


(とりあえず、定石ーー!)


しかし、将軍の背後に転移したレノの狙いを読んでいたかのように、横なぎのバスターソードが襲いくる。


「咲田!!」


ガキイィン!


割り込んだ榊原の訓練用の剣が真っ二つに折れた。


「ーー無茶するなぁ」


そのまま将軍の剣が榊原の脇腹に食い込む直前、レノが防御の魔法陣を展開する。それでも横に横に吹っ飛ばされた榊原は石壁に背中を強く打ちつけた。


将軍は榊原には構わず、剣呑な顔をレノに向ける。


「戦えないと偽る理由はなんだ?」


「目立ちたくないのと、自信がないのと両方ですね」


「二度避けられたのは久しぶりだ……自信を持っていいレベルだぜ?」


「それはどうも」


この剣速なら何度でも避けられそうだ。彼が魔法など奥の手を持っていなければだが。


「ごほっ、…咲田……?」


「夜な夜なやっていた秘密の特訓の成果がでたかな」


榊原は無事そうだ。(うそぶ)いて、将軍に向き直る。


(避け続ければ、いつか諦めてくれるか?)


こちらから攻めてどうこうするのは考えにくい。実戦は初めてだし、技の練習台にしてはハードな相手だ。


だいたいもし勝てたとしても魔国ナンバーワンを倒したという箔などついた日にはスローライフとおさらばであることは必至だろう。


「ーー将軍、勘違いしておられるみたいですが、私はビルナス様につくと決めた訳ではないですよ」


ビルナスの『密告者の種』を呑んでおいて説得力がないのは承知だが、レノは愛想笑いを浮かべて話を続ける。


「ここで見逃してくださるなら、その恩はいつか必ず返します」


「お前のその態度……腹黒い魔術師共と同じだ。耳を貸しても為にならん」


(……失敗)


冷静な態度が裏目に出てしまった。


ここで殺す、と言わんばかりの、ちりちりと肌を刺すマナを放ちながら、将軍は再び剣を構える。


そしてドォッと地を蹴った。何かの魔法だろうか。さっきより速い。


「武器を出してみろ!!」


「ーー…っ」


こんな重たい攻撃、受けられるか、と毒づきながら、連撃をひたすら避け続ける。


白銀の竜はただの人間よりは筋力も体力もあるが、パワータイプの戦士なんかと比べると劣る。RPGのステータスで例えるとAGL(素早さ)全振りだ。


パッと跳んで距離をとる。


ふらつきながら立ち上がった榊原を、駆けつけた教官が支えた。


「秘密の特訓て……あいつ」


「昨日今日身につけた動きではありませんよ、あれは…」


「ユーマの世界には、モンスターはいるのかしら?」


「!!?」


急に背後からした声に、榊原悠馬(ユーマ)は肩をびくりと震わせた。教官が驚いた声でその名を呼ぶ。


「ビルナス様」


「答えなさい、ユーマ」


「いませんよ!…どういう意味ですか」


「あの子の身体…どうも人間じゃないみたいなのよね」


ビルナスはにい、と笑った。


「でも、咲田は紛れもなく人間……」


「あの動きを見てそう言える?なんのブースト魔法も使わず、アレクスの攻撃を難なくかわして……いくらなんでも」


外野の驚嘆をよそに、将軍は跳躍したレノを追わず、ダン!と地を踏み鳴らした。


訓練場の石畳が同心円状に宙に舞う。


(目眩しーー…)


しかし将軍の位置は匂いで分かる。問題は、全方位から飛んでくる石をどう防ぐかだ。


防御の魔法陣を使うと動けないので、アレクスが斬り込んで来たら躱せない。


(っ……)


「ビルナス様!見てるなら助けて下さいよ!」


と言いつつも、彼女からは匂いがしないので、おそらく実体ではない。ならばできることは知れている。


「正体を見せてくれるなら、助けてあげても良いわよ」


「ご冗談をーー!仮にあるとしても、こんなところでは見せませんよ!」


自分でなんとかするしかなさそうだ。


(一か八かだがーー!)


レノは白銀をワイヤー状に変化させた。指の付け根にワイヤーを巻き取るためのリングが現れる。


ピシピシピシ!


周囲にワイヤーを張り巡らせたワイヤーが、将軍の石礫を切り刻んだ。ワイヤー単体ではせいぜい肉を切るくらいしかできないので、この切れ味は精霊特典だ。


同時に大剣を構えて踏み出していた将軍がワイヤーに触れると同時に、仕掛けておいた1本を指先で弾く。


ビイィィン!


途端にあちこちで切れたワイヤーが無茶苦茶な方向にはねて、将軍に襲いかかった。


将軍は堪らず動きを止め、顔を腕で守る。


鎧の隙間から血が吹き出した。


(思ったよりうまくいったが、大したダメージになってないな……!)


挿絵(By みてみん)


ビルナスが目を丸くする。


「精霊魔法…金属属性の」


言いながら、彼女はつかつかと高いヒールを鳴らしながら訓練場に立ち入って、将軍との間に入った。


将軍の鎧が僅かに発光し、隙間からしゅうう、と煙があがる。回復魔法つきの鎧とは高性能だ。


「…とんでもないものを喚んだものだな」


「ーーそのようね。たぶん次は、ご自慢の鎧を剥がされるわよ。」


次の手を考えあぐねていたレノは、それを聞いてなるほど、と思った。あの高性能な鎧も金属だから、支配下に置いて剥がすということもできるのか。


ビルナスは冷ややかかつ妖艶に笑う。


「……今のでようやく分かったけど、この子、上位の精霊ね。残念だけど、勝負は私の勝ちよ。これ以上無様な真似はしないでしょう、…アレクス?」


「……」


将軍は苦々しい表情でレノとビルナスを交互に見た後、無言で踵を返した。


ビルナスはゆったりと振り返った。彼女は女性にしては背が高いし、ヒールも手伝って目線はレノとそう変わらない。


「私のところに来るのを、楽しみにしてるわ」


指先でレノの頬をなぞり、にたりと気味の悪い笑みを浮かべたのを最後に、彼女の姿はかき消えた。


「……」


ボロボロの訓練場に、重たい沈黙が降りる。


「…あ、これ、直すのってもしかして私たちの仕事ですか?」


「ああ、いいえ。夜に整備の者がやってくれますよ」


レノのいつもの調子に、教官は戸惑いながら答えた。


「咲田。あの女、お前のこと精霊とかなんとか言ってたけど」


「あー…、ああ。この世界だと、そうなるみたいだな」


「アニメばりのワイヤーアクションも精霊の技?」


「……ああ。」


ぶっつけ本番だったが、その緊張感があったからかイメージ通りに身体を動かせた。


榊原はため息をついた。


「…大丈夫なのか?」


「何が」


「エルフって精霊魔法が得意らしいじゃねーか。契約して従わせようとか、思ってる顔だったぜ、あれは」


榊原の態度がいつもと変わらないことに、不思議と気が軽くなる。レノはふっと笑って肩を竦めた。








その日、夕食を下げにきたシャーロットに、明日からレノはビルナスに引き取られると告げられた。


「……」


「おー、すげー嫌そうな顔」


「あの女とは、絶対相性が悪い、自信がある」


「そういう問題なのか?」


「…まあ、アンデッドのくだりも気分は良くないかな、正直」


「お、善人発言。見直したぞ」


「……」


咲田伶乃の倫理観は、親の影響が強い。数日前に引っかかっていたのは、そのことだった。他人だからといって、無闇に命を奪うべきではない、そんな当たり前の優しさ。


榊原は顔を曇らせた。


「でも、逃げようがない……よな」


「逃げられるかどうかでいうと、逃げる自信はあるぞ」


「うんうん仕方ない……って何?冗談だろ」


「方法は企業秘密だが」


盗聴されているのであまり過激なことも言えない。レノは言葉を続けた。


「俺がどうなったって聞いても、お前はお前で諦めるなよ」


榊原は悪い方に受け取ったらしく、悲壮な表情をした。


「馬鹿野郎……大人しく従ってゾンビでもキョンシーでも作ってりゃいいんだよ」


「そんな臭い職場は嫌だな」


レノははは、と笑った。


「笑い事じゃない。死ぬなよって言ってるんだ」


「死なないさ」


「ーー…どこから来るんだ、その自信」


「だから、企業秘密。次に会うことがあったら、教えてやるよ」





翌日、ビルナスの本拠地である教会への移動手段は、飛竜(ワイバーン)だった。


「やたら、怯えていますね」


案内として同乗し、前に跨っているシャーロットは、暴れるワイバーンの手綱に力を込める。


竜のはしくれであるワイバーンは、精霊とは程遠いらしいが、レノの正体が何なのか感づいているようだった。


(…ちょうどいい)


レノはワイバーンの背中をぽんと叩き、精霊語で威圧的に呼び掛けた。


『止まりなさい』


「ーー!!」


シャーロットが、びくりとして振り返る。精霊語だからというのもあるが、レノがそんな声色を使ったことは、今までなかったからだ。


ワイバーンの方は一層怯えた風だが、大人しく従い、その場で羽を打つ。


ぎょっとした表情のシャーロットに、レノはふわりと微笑んだ。


「シャーロットさん、数日間…どうもお世話になりました」


「え……?」


逃げるなら、タイミングは今しかないだろう。


ビルナスと相対し戦って堂々と逃げる方がスリリングだが、そういう危険好きな趣味も、悪に立ち向かう正義感もない。


そもそも戦いにならないようにさりげなく躱し、市民Aになりきって、楽をしたい。


こういうところは、主人公には向いてない、かもしれない。


「よっ、と…!」


「きゃっ?!」


シャーロット女史の服の腰帯を掴み、近くを飛ぶお供のワイバーンに向かって投げ飛ばす。


「あなた……!どういうつもり!?」


シャーロットは風の精霊の力を借りてワイバーンの足に器用に捕まり、レノを睨んだ。


そして叫ぶ。


「密告者の種に命じる!眠らせよ!」


「……っ」


身体の中で根が暴れ回るのを感じ、レノは奥歯を噛みしめた。


その違和感に耐え、首の後ろに手を回す。そして、そこにあった何かを掴んでぶちぶち、と引き抜いた。


その手には、植物の根のようなものが握られていた。


シャーロットが信じられない様子で呆然とする。


「いくら精霊でも…どういう身体をしているというの……!」


「どうもこうも…」


ワイバーンの広い背に立ち上がって、手を離すと、空気に触れた植物の根のようなものはハラハラと塵になって消えていった。


ワイバーンは観念したようにその場で大人しく羽を打っている。


シャーロットと、他のワイバーンの背に乗ったダークエルフの神官たちは唖然とその光景を見つめるしかない。


下手に攻撃してレノが落ちても困る、という逡巡が伺えた。


「人間じゃないんで」


ふっと笑い、躊躇いなく、レノはワイバーンの背から足を踏み出す。


「レノ様!!」


シャーロットの声が風に飛ばされるのを最後まで聞くことなく、浮遊感の中でレノは竜の姿をイメージした。


変化に数秒。地面すれすれでその姿を取り戻し、白銀の竜は薄い翅を震わせた。


蛇のようなしなやかな体躯は白銀の鱗に覆われ、黒曜の(たてがみ)が背になびく。


鋭い爪をたたえた四足と、背中に2対、尾に1対生えたトンボのような薄い翅。


黒曜の虹彩に白銀の瞳がキラキラと光った。


(だいぶ、時間がかかってしまった)


本来ならコンマ数秒で姿を変えられるはずだ。


(久しぶりだし、こんなものか)


ワイバーンの比ではないスピードで舞い上がり、ちらりと後ろを見る。シャーロットたちはこちらを見ているようだったが、ワイバーンが怯えて追跡どころではなさそうだ。


(とりあえず…東にでも行こうか)


東には、魔王サイドで比較的温和な国家があるという。


ビルナス達には今後も追われるかもしれないが、あまり気にしても仕方がない。そのうち諦めてくれることを祈る。


人間サイズのトンボが存在すれば、航空機の速さで飛べると言ったのは誰だったか。


風を切る感覚が懐かしかった。


飛ぶだけなら、何時間でも大丈夫な気がする。


(榊原はどんな顔をするのかな)


精霊だと聞いた時も、それ自体に驚いた様子が無かったので、案外気にしないかもしれない。


四面楚歌の絶望的な状況であるのに、教官など何人かと既に仲良くなっていたし、彼に残酷な未来が訪れないといい。


数時間ほど飛行を楽しんだ後、人の匂いがしない深い森の、泉のほとりに白銀の竜は音もなく着地した。


(…人の姿に)


無意識に任せて変わった姿を水面に映す。


それは、白銀の竜ラズレイドがずっと借りていた、育て親の姿だった。


40代くらいの落ち着いた雰囲気の線が細い男性。二重のくっきりした鋭い目に短い黒の癖っ毛で、白銀の竜と同じ、黒曜の虹彩に異様なプラチナの瞳をしている。


ジャスト170cmの咲田伶乃と基本的な体格や、目線自体は変わらないため、動作の違和感はあまりない。


身につけている黒いシャツとカーゴパンツ、ブーツは、(たてがみ)などから変化させたものだろう。


(……)


少し考えてから、咲田伶乃の姿に戻る。


(…まじか)


悲しいかな、さっきまでの40代の姿の方がしっくりきていた。


16歳の精神の感覚からするとショックだが、今更少年らしく振る舞うのもこっぱずかしい。


(軽く二重人格に陥ってるな)


性格や気性はほとんど同じだが、感情の処理の仕方や倫理観の違いに若干戸惑う。


だがそれもそのうち落ち着くだろう。


彼女(秋茜)に会いたい、それから親にも。そういう自分の心だけは間違いないし、彼女らに会ったときにどういう自分でいたいかこれからゆっくり考えればいい。


(とにかく、異世界に渡る方法を探すしかない)


それを知るのは魔王か、神か。いきなり会おうとするのは危険かもしれないから、情報を足で稼ぐ他ない。


(ま、今までとあまり変わらないか)


暗い街並みを日々散策していたときと同じだ。不明確な目的で、行くあてもなく、しらみつぶしに未知を探す。


40mはあろうかという大木の葉の隙間から、溢れ落ちる木漏れ日に目を細め、レノは軽くため息をついた。

5話読了ありがとうございます。

もっと、チートですっきりしたらいいんですけど…

ご奨励、ご感想を頂けますと幸いです。

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